夕方のデイサービス。テーブルを囲んだ十数人が、声を弾ませて「次は“き”で始まる食べ物!」と叫ぶと、一瞬の沈黙の後に「キウイ!」と返す人、「きりたんぽ!」と笑う人、拍手しながら次の人にバトンを渡すスタッフ――ありふれたしりとりの光景かもしれません。しかし、その輪の中心には、言葉を探すたびに脳がきらりと火花を散らす瞬間があります。高齢者の言葉遊びは、単なる暇つぶしを超えた“再起動ボタン”のようなもの。記憶の引き出しを開け、誰かと笑い合い、自分の存在を確かめる。そんな小さな奇跡が、毎分毎秒、ここで生まれているのです。
なぜ、言葉遊びがこれほど盛り上がるのか。鍵を握るのは「声に出す」という行為と「制限時間」というスパイスです。例えばテンポ良く続けるしりとりは、前頭前野を刺激し、記憶系と注意系を同時に動かします。実際、言葉遊びを定期的に取り入れた高齢者は、そうでないグループに比べて認知機能テストのスコアが向上したという国内報告もあります。
とはいえ、「しりとりは飽きた」という声が出てくるのも事実。そこで今回は、現場で実際に盛り上がり、しかも脳科学的な裏付けを持つ“進化形ことばゲーム”を十個紹介しつつ、運営のコツや心理的な効能、さらには笑いと健康の意外な関係まで、七千字たっぷりで掘り下げていきます。読んでいるあなたが介護職であれ家族であれ、自宅で今日から試せるアイデアばかりです。
まず、ウォーミングアップが肝心です。声帯も筋肉、杖をつく前に屈伸するのと同じで、いきなり高難度のゲームに突入すると疲れてしまいます。最初の五分は「三文字縛りしりとり」でどうでしょう。例えば“さくら”からスタートし、必ず三音で返す。“らっぱ”“ぱんだ”“だんご”……語数を絞ることで難度が程よく上がり、成功したときの達成感も跳ね上がる仕組みです。
次におすすめなのが「テーマ連想リレー」。進行役が「夏祭り」と告げたら、参加者は祭りに関する言葉を順番に挙げていきます。ここでポイントになるのが“共感の引き金”。「やぐら」と言われれば太鼓の響きを思い出し、「かき氷」と聞けば頭に走るキーンとした冷たさまで蘇る。言葉は記憶のフック。自分の過去と隣の人の過去が交差するとき、場の空気が一気に温まります。
もっと身体感覚を絡めたいなら「ジェスチャーしりとり」はいかがでしょう。言いたい単語を口に出さず、全身で表現し、ほかの人が当てたら次へ。笑いが起きるたびに副交感神経が優位になり、血流が促進されるという報告もあります。声を出す自信がない方、発話にハードルがある方も、身ぶり一つで主役になれるのがこのゲームの魅力です。
ここで少し視点を変えて「方言クイズ」。東北の参加者が「めんこい」と言えば、「かわいい」と答える東京出身の人。方言の橋渡しは“自分のルーツを語る”きっかけにもなり、自然と自己開示が進みます。自己開示が進むと、参加者同士の心理的距離が縮まり、次のゲームでも遠慮なくミスを笑い合える雰囲気が整う。つまり方言クイズは、単独ではなく“場づくり用ブースター”として効くわけです。
四つ目の提案は「漢字ビンゴ」。新聞の見出しから任意の漢字を九つ切り取り、三×三のビンゴシートを作成。司会が読み上げた語句の中に該当漢字があれば取り除き、先に一列揃えた人が優勝、というシンプルなルールです。紙を切る、貼るという作業が手指リハビリになり、聞き取りと文字認識も同時に行うため刺激が多重的。文字の大小を工夫すれば、視力が落ちた人も参加しやすい点が好評です。
五つ目は「オノマトペ連鎖」。日本語の擬音・擬態語は一万語以上あると言われ、意外と奥が深い。“どきどき”の次に“きらきら”、その次は“らんらん”……語感の面白さに引っ張られ、気付けば口角が上がる。擬音語は感情の微細な揺れを言語化するツールでもあります。ゲーム後に「今日はずっとわくわくしてたね」と振り返れば、その日の気分まで共有できるのです。
六つ目。「川柳リレー」は、五・七・五をバトンでつなぐ遊び。最初の五音を誰かが詠み、次の七音を別の人、最後の五音を三人目――完成した作品が時にシュールで、時に人生の深みを帯びるのが醍醐味です。思いがけず味わい深い一句が生まれると、自尊感情がぐっと上がります。なぜなら“創作した”という実感は、人を内側から照らすスポットライトだからです。
七つ目は「タイムトラベルしりとり」。出されたお題は“昭和の懐かしい物”。たとえば“黒電話”からスタートし、次の人は“ワルツ”(ダンス)と返す。テーマと時代を掛け合わせることで、思い出話が派生しやすくなり、ゲームが終わっても会話が続くのが特徴です。高齢者施設では「ゲーム後の雑談」がコミュニケーション時間の三割を占めたとの記録もあり、スタッフの負担軽減にもひと役買います。
八つ目、「ストーリービルド」。最初の人が一文を語り、時計回りに続きを紡いでいく。制限は二文以内。言葉をつなぐうちに、主人公が旅に出たり、恋に落ちたり、予測不能な物語が出来上がる。ここで大事なのは“正解のなさ”。高齢者が長い人生で培った経験を自由に注ぎ込める場があると、役割感が芽生えます。
九つ目は「アナグラム速解き」。ホワイトボードに“たけのこ”と書き、それを並べ替えて別の言葉を探す。“けのこた”“こけたの”…ユーモアセンスが爆発し、文字の操作は右脳・左脳を同時に刺激します。研究でも、単語の並べ替え課題は注意分割能力とワーキングメモリを鍛える効果が報告されています。
最後の十個目は「笑い声カルタ」。取り札に書かれたのは“あはは”“うふふ”“へへへ”など笑い声のみ。読み手が“いきいき笑い”と告げたら、“い”が頭につく笑い声札を取る。札を取った人はその笑い方で三秒笑うのがルール。自然と全員が笑い始め、腹筋も心もほぐれる。笑いは脳内でドーパミンを放出し、意欲を高めることが知られています。
ここまでで、あなたの頭には「でも、聴力や視力が弱い人も大丈夫?」という疑問が浮かんでいるかもしれません。実は工夫次第で参加ハードルは下げられます。聴覚に配慮するなら、読み上げよりカード提示を重視し、文字を黒太字で印刷。視覚が弱い人には、耳で楽しめるしりとり系を多めにするか、スタッフが肩越しに小声でサポートする。ゲームは“選ばせる時点”で半分以上成功が決まるので、事前アンケートで「昔よくやった遊び」を尋ねておくと、自信を持って参加できるメニューを差し出せます。
次に、ゲームとゲームのあいだの“クールダウン”を軽視しないこと。興奮が長く続くと逆に疲労感が残り、次回の参加意欲が落ちるため、一曲ゆったりした歌を流す、深呼吸を三回する、ストレッチを挟む――簡単なルーティンを設けるだけで回復度が違ってきます。
ここで実例を一つ。埼玉県のケアハウスに暮らす七十八歳の女性は、二年前までリビングの会話にほとんど参加せず、黙々とテレビを眺める日々でした。スタッフは彼女がかつて俳句教室に通っていたと知り、「川柳リレー」に誘い込みました。最初は短い単語しか出なかった彼女が、回を重ねるごとにイメージ豊かな季語を挿んだ一句を作り始め、今では自ら「今日は秋の匂いがするから」と題を提案するまでに変化。言葉遊びが自己表現の回路を再接続した瞬間です。
もちろん、成功体験ばかりではありません。会話のテンポが速すぎて置いてきぼりになる人が出たり、勝敗にこだわるあまり口論が起きたり。そんなときは“ルールは人のためにある”という合言葉を思い出してみてください。ゲームの目的は脳を動かし、人とつながり、笑うこと。その三つが守られる範囲であれば、ルールは柔軟に書き換えて構わないのです。
さらに深掘りすると、言葉遊びは“語り直し”の場でもあります。長い人生には語る機会を失った痛みや後悔が潜んでいるもの。ところがゲーム内でぽろりとこぼれた昔話をきっかけに、別の参加者が「私も似た経験がある」と応じ、互いの傷をそっと撫で合う場面に立ち会うことがあります。言葉遊びは決して軽薄な娯楽ではなく、過去を受け止め直すリハーサルにもなり得るのです。
さて、ここまで読んで「面白そうだけど準備が大変そう」と感じた方へ。道具は紙とペンがあれば事足ります。さらにスマートフォンを活用すれば、無料アプリで漢字検索やアナグラム生成も可能。オンラインで参加者をつなげば、離れて暮らす家族とも同時に遊べます。インターネットが苦手な高齢者が多い印象かもしれませんが、画面の向こうから聞こえる孫の声が最高のモチベーションになるので、案外すんなり操作を覚えるものです。
最後に、これから言葉遊びを始めるすべての人へ小さな提案を。終了後、必ず感想共有の時間をとってみてください。「今日は“らっこ”が出たとき笑っちゃったね」「あの一句、今も頭に残っているよ」――そんな一言一言が、次回への期待と安心感を生みます。ゲームはその場で完結せず、次の会話を連れて帰る。まるで、温泉宿からお土産を抱えて帰るかのように。
言葉は無料でありながら、かけがえのない資源です。発するたびに自分の中で意味を削り出し、聞くたびに誰かの経験を取り込む。そのサイクルが回るところに、脳の活性化も、感情の温度上昇も、社会参加の実感も芽吹きます。さあ、ホワイトボードとタイマーを用意して、最初の一声を響かせましょう。「では、三文字しりとりから始めます。最初の言葉は――“はな”!」
その声を合図に、新しい物語が動き出します。七千字の理屈より、一歩の実践。笑いと驚きが交差する瞬間を、あなたの目で確かめてみてください。