長年連れ添ったパートナーが、ふとした瞬間に口をとがらせている姿を見たことはありませんか。テレビを見ながら、あるいは何気ない会話の途中で、唇がキュッと突き出される。若い頃なら「拗ねているのかな」と思ったかもしれませんが、六十年、七十年と生きてきた今、その仕草にはもっと深い意味があることに気づいている方も多いのではないでしょうか。
実はこの「口をとがらせる」という仕草、心理学的には非常に興味深い行動なんです。口元の筋肉は脳の感情中枢と直結しており、嘘をつくのが最も難しい部位の一つと言われています。つまり、口をとがらせている時、その人の心の中には言葉にできない本音が溢れているということなんですね。
今回は、シニア世代の皆さんに向けて、この仕草に隠された深層心理と、長年のパートナーシップをより豊かにするヒントをお伝えしていきます。
まず、口をとがらせる時の心理には、大きく分けて四つのパターンがあります。
一つ目は、言いたいことを飲み込んでいる状態です。反論したいけれど、言うと喧嘩になる。あるいは、今さら言っても仕方がない。そう判断した時、人は無意識に唇を突き出し、言葉の流出を止めようとします。
長年連れ添った夫婦の間では、この状態がよく見られます。「また同じことを言っている」「何度言っても直らない」そんな思いを飲み込む時、口がとがるんですね。でも、これは完全な拒絶ではありません。まだ話を聞く余地はあるけれど、納得はしていないという交渉の余地が残されたサインなんです。
ここで大切なのは、相手がこの状態にある時、無理に話を続けないことです。少し時間を置いて、「さっきの話だけど」と切り出すと、相手も冷静に聞いてくれることが多いですよ。
二つ目は、甘えたい気持ちの表れです。心理学的に見ると、唇を突き出す行為は乳幼児が母乳を求める動きの名残りと関連があるそうです。つまり、無意識に相手への甘えが出ているんですね。
「年を取ってから甘えるなんて」と思われるかもしれません。でも、人間は何歳になっても甘えたい気持ちを持っています。むしろ、長年一緒にいるからこそ、素の自分を見せられる。口をとがらせるのは、あなたに心を許しているからこそ見せる無防備な姿なんです。
三つ目は、何かに集中している状態です。恋愛感情とは別に、何かに没頭している時や、重要なことを考えている時に口がとがることがあります。脳をフル稼働させている時、顔の他の筋肉が弛緩し、口元だけに力が入る現象です。
シニア世代の方々は、人生経験が豊富な分、物事を深く考える習慣がついています。年金の計算をしている時、孫の進路について考えている時、あるいは庭の手入れの段取りを頭の中で組み立てている時。そんな時に口がとがっていたら、それは真剣に考え事をしているサインです。話しかけても上の空なのは、あなたを無視しているのではなく、自分の世界に入り込んでいるだけなんですね。
四つ目は、愛情表現の一種です。若い頃のようにキスを求めているわけではなくても、ふとした瞬間に口をとがらせるのは、相手への愛情が無意識に表れている証拠です。「自分からは恥ずかしくて言えないけれど、察してほしい」という気持ちの表れなんですね。
ここで少し面白い話を一つ。私の知り合いに、結婚五十年を迎えた夫婦がいます。旦那さんは昔から無口で、愛情表現が苦手なタイプ。奥さんはずっと「この人は私のことをどう思っているんだろう」と不安に感じていたそうです。ところがある日、旦那さんが居眠りをしている姿を見て、奥さんは驚きました。寝ている旦那さんの口が、まるでキスを待っているかのようにとがっていたんです。奥さんが「あなた、夢の中で誰かとキスしてるの」と冗談で聞いたら、旦那さんは真っ赤になって「お前に決まってるだろう」と。五十年経っても、無意識の中では奥さんへの愛情が溢れていたんですね。それ以来、奥さんは旦那さんの口がとがる度に、愛されている証拠だと思えるようになったそうです。
さて、この口をとがらせるという仕草、男性と女性で少しニュアンスが違うことがあります。また、シチュエーションによっても意味が変わってきます。
例えば、何気ない会話の途中で旦那さんが口をとがらせた場合。それは「つまらない」というサインかもしれませんし、奥さんの話に出てきた他の男性に対する嫉妬かもしれません。年を取っても、パートナーへの独占欲は消えないものです。むしろ、長年一緒にいるからこそ、「自分だけのもの」という気持ちが強くなることもあります。
一方、奥さんが口をとがらせている場合は、甘えたい気持ちの表れであることが多いです。「もっと構ってほしい」「話を聞いてほしい」そんな気持ちが口元に出ているんですね。また、テレビや雑誌を見ながら口をとがらせている時は、「いいなぁ」という羨望の気持ちかもしれません。旅行番組を見て「行ってみたいなぁ」、料理番組を見て「食べてみたいなぁ」、そんな気持ちが無意識に口に出ているんです。
喧嘩の後や、ちょっとした言い合いの後に口をとがらせている場合は、「仲直りしたいけれど、きっかけがない」というサインです。大人になればなるほど、そしてシニア世代になればなおさら、素直に謝るのは難しくなります。プライドもありますし、長年の習慣もあります。でも、口をとがらせているということは、心の中では関係を修復したいと思っている証拠なんです。
実際のエピソードをいくつかご紹介しましょう。
七十代の女性の話です。結婚して四十五年になる旦那さんは、昔から感情を表に出さないタイプ。嫉妬なんて絶対に見せない人だと思っていたそうです。ところがある日、女性が近所の男性と庭先で話していた時のこと。家に戻ると、旦那さんがテレビを見ながら明らかに口をとがらせていたんです。「どうしたの」と聞くと、「別に」と言いながら口はとがったまま。その不器用な姿を見て、女性は思わず笑ってしまいました。「この年になってまで焼いてくれるなんて」と。言葉では強がっていても、体は正直なんですね。それ以来、女性は旦那さんの口がとがる度に、「ああ、この人はまだ私を好きでいてくれているんだ」と嬉しくなるそうです。
別のエピソードです。六十代後半の男性の話。奥さんと些細なことで言い合いになり、お互い無言になってしまいました。気まずい空気が流れる中、奥さんがチラッと見ると、男性はテレビを見ながらタコみたいに口を突き出していたそうです。その姿があまりに子供っぽくて、奥さんが吹き出してしまったら、男性もつられて笑って。「腹減ったな」と一言。それがきっかけで仲直りできたそうです。男性は後から振り返って、「あの時は仲直りしたいけれど、きっかけがなくて困っていた。口をとがらせていたのは、たぶん笑って許してほしいという気持ちだったんだと思う」と語っていました。
このように、口をとがらせるという仕草には、言葉にできない様々な感情が込められています。では、パートナーが口をとがらせている時、どう対応するのが良いのでしょうか。
一番のおすすめは、軽く茶化すことです。「あら、可愛い顔になってるわよ」「おや、何か言いたいことがあるのかな」と優しく声をかけてみてください。相手は自分が口をとがらせていることに気づいていないことが多いので、指摘されると照れ笑いをすることが多いです。その瞬間、緊張状態が解除され、本音を話してくれやすくなります。
もう一つの方法は、同じ顔を真似してみることです。相手が口をとがらせていたら、あなたも同じように口をとがらせてみせる。鏡のような効果で、相手に親近感を与えます。また、自分の顔の滑稽さに気づき、冷静さを取り戻させる効果もあります。長年連れ添った夫婦だからこそできる、ユーモアのある対応ですね。
逆に避けた方が良いのは、無視することや批判することです。「また拗ねてる」「いい年をして子供みたいな顔をして」といった言葉は、相手のプライドを傷つけます。口をとがらせているのは、何かしらの感情を拾ってほしいというサインです。それを無視したり批判したりすると、相手は心を閉ざしてしまいます。
シニア世代の夫婦関係において、この「口をとがらせる」という仕草を理解することは、とても大切です。長年一緒にいると、言葉でのコミュニケーションが減ってしまうことがあります。「言わなくても分かるだろう」「今さら言っても仕方がない」そんな気持ちから、大切なことを伝えずに済ませてしまうことも。
でも、体は正直です。口元の仕草は、言葉にできない本音を教えてくれます。パートナーが口をとがらせている時、それは「何かを伝えたい」というサインです。不満があるなら、それは我慢してくれている証拠。嫉妬なら、それはまだあなたを独占したいという愛の証拠。沈黙なら、それは仲直りしたいという気持ちの表れ。
シニア世代だからこそ、こうした小さなサインを見逃さず、丁寧に拾い上げることが大切です。若い頃のように激しく感情をぶつけ合うことは少なくなったかもしれません。でも、その分、静かで深い愛情表現があるはずです。口をとがらせるという仕草も、その一つなんですね。