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50代の危機を乗り越えて輝く人生後半戦を始める方法

50代になって、ふと立ち止まってしまうこと、ありませんか?

朝、鏡を見ながら「あれ、こんな顔だったかな」って思ったり、会社で若い人たちの会話についていけない自分に気づいたり。子供が独立して、ぽっかりと空いた心の穴を感じたり。

「このまま、年を取っていくだけなのかな」

そんな気持ちになること、実は多くの方が経験されているんです。これは「ミドルエイジ・クライシス」、つまり中年の危機と呼ばれるもので、決してあなただけが感じている特別な悩みではありません。

でも、安心してください。この時期は、実は人生の後半戦をもっと自分らしく、もっと輝いて生きるための大切な転換点なんです。

今日は、そんな50代の危機について、そしてそれをどう乗り越えて新しい人生を始められるか、一緒に考えていきたいと思います。

私の知人に、57歳の健二さんという方がいらっしゃいます。大手企業で部長職まで登り詰めた、誰もが羨む経歴の持ち主でした。

でも、ある朝、健二さんは突然ベッドから起き上がれなくなってしまったんです。体が動かないわけじゃない。でも、会社に行く意味が見つからなくて、どうしても起き上がれなかったそうです。

「明日、自分が死んでも、会社は何も変わらず回っていく。家族だって、生活には困らない。じゃあ、俺の人生って、いったい何だったんだろう」

そんな思いが、健二さんの心を支配してしまったんですね。

奥さんは驚いて、「どうしたの?体調が悪いの?」って聞いたそうですが、健二さんは「何でもない」としか答えられなかった。だって、自分でもこの虚無感が何なのか、わからなかったんですから。

これが、50代のミドルエイジ・クライシスの典型的な始まりなんです。

20代や30代の頃の不安って、どちらかというと「まだ手に入れていないもの」への焦りでしたよね。良い会社に入りたい、結婚したい、家を買いたい、子供を育てたい。前を向いて、何かを得ようとする時期でした。

でも、50代の不安は違うんです。それは「失っていくもの」への恐怖なんですね。

まず、役割が終わっていきます。

子育てという大きな役割。長い間、あなたのアイデンティティの大部分を占めていたかもしれません。「お母さん」として、「お父さん」として、子供のために一生懸命だった日々。でも、子供が独立すると、その役割は突然終わりを告げます。

会社での役割も同じです。定年が見えてくると、今まで「課長」「部長」という肩書きで自分を定義していたことに気づくんです。そして、その肩書きが剥がれ落ちた時、「肩書きのない自分って、何者なんだろう」という不安に襲われます。

それから、体の変化も無視できません。

更年期を経験される方は、ホルモンバランスの乱れで、イライラしたり、急に悲しくなったり、自分でも感情がコントロールできなくて戸惑うことがあるでしょう。

老眼鏡が必要になって、小さな文字が見えなくなる。階段を登ると息が切れる。徹夜なんてとてもできない。若い頃は当たり前にできていたことが、できなくなっていく。

こういう体の変化が、「若さという特権」が終わったことを、毎日少しずつ突きつけてくるんですね。

そして、何より辛いのが、「残された時間」が見えてくることです。

ご両親の介護を経験された方、あるいはご両親を亡くされた方は、特に強く感じるかもしれません。親の最期を看取った時、「次は自分の番なんだ」という現実が、頭ではなく心で理解されてしまう。

人生のエンディングが、もう遠い未来の話ではなく、具体的なスケジュールとして意識されるようになるんです。

健二さんの場合、お父様を亡くされたことがきっかけでした。葬儀が終わって、ふと「父が亡くなった年齢まで、自分にはあと13年しかない」と計算してしまったそうです。

「13年。短いな。この13年で、自分は何ができるんだろう」

そう考えた時、今まで積み上げてきた仕事の実績が、急に色あせて見えたんだそうです。

さて、こういう危機の中で、恋愛や人間関係にも変化が起こることがあります。

私の知人の50歳の美智子さんは、末っ子が大学を卒業した日、祝福の言葉と一緒に、なぜか涙が止まらなくなってしまったそうです。

「おめでとう。これでやっと自由になれるね」って周りは言ってくれたけど、美智子さんの心には「私の人生、これで終わり?」という絶望が押し寄せてきたんです。

ご主人は仕事一筋の方で、美智子さんの気持ちの変化には気づかなかった。いや、気づいていても、どう声をかけていいかわからなかったのかもしれません。

美智子さんは、毎日家事をこなしながら、なぜか昔の同級生の名前をネットで検索するようになっていました。高校時代に好きだった人は、今どうしているんだろう。あの時、もし違う選択をしていたら、私の人生は変わっていたんだろうか。

こういう気持ち、責められることではないんです。

50代のこの時期、多くの方が「まだ自分は魅力的でいられるのか」「異性から見て、価値のある人間なのか」ということを、無意識に確認したくなるんですね。

それは、自分の存在価値を再確認したいという、切実な願いの表れなんです。

実際、この年代でマッチングアプリを始める方が増えているそうです。不倫に走ってしまう方もいらっしゃいます。それを単純に「道徳的に良くない」と批判するのは簡単ですが、その背景には深い孤独と、「自分はまだ必要とされている」という確認への渇望があるんです。

夫婦関係も、この時期に大きく変わります。

子育てという共通の目標があった間は、「子育ての戦友」として、夫婦は同じ方向を向いていられました。でも、子供が巣立つと、二人きりになった時、「あれ、私たち、何を話せばいいんだっけ」という気まずさが生まれることがあるんです。

気がつけば、ただの同居人。朝、おはようと挨拶して、夜、おやすみと言って、それ以外の会話がない。こんな状態の夫婦、実は少なくないんです。

ここで「卒婚」という選択をされる方もいらっしゃいますし、離婚を考える方もいらっしゃいます。それも、一つの選択肢です。

でも、もう一つの選択肢として、「夫婦関係を再構築する」という道もあるんですね。

美智子さんの場合、ある時、鏡を見て決心したそうです。

「誰かのためじゃない。自分のために、もう一度綺麗になりたい」

20年間、同じ髪型だったのを、思い切ってショートカットにしました。似合うかどうかなんて、もう気にしない。自分が気持ちいいと思える髪型にしたんです。

それから、一人で京都に旅行に行きました。ご主人にも子供にも相談せず、「ちょっと旅行に行ってくるわ」とだけ言って。

お寺を回って、美味しいものを食べて、ゆっくりお風呂に浸かって。初めて、「自分の人生の主権」を取り戻した感覚がしたそうです。

不思議なことに、それから帰ってきた美智子さんを見て、ご主人の態度が変わったんだそうです。

「あれ、なんか変わったな。綺麗になったんじゃないか」

そこから、二人の会話が少しずつ増えていって、今では週末に一緒にウォーキングに出かける仲になったんだとか。

美智子さんが言っていました。「家庭を捨てたわけじゃない。でも、『妻』や『母』である前に、『自分』であることを思い出したの。そうしたら、不思議と夫との関係も、楽になったんです」

50代の恋愛や人間関係って、若い頃とは違うんですね。性的な欲求よりも、「ありのままの自分を理解してくれる人」への渇望が強くなります。

だから、この時期の恋愛は、とても精神的で、深い繋がりを求めるものになるんです。

さて、ファッションの話も少ししましょうか。

50代のクライシスは、実はクローゼットの中にも現れるんです。

「若作りは痛々しいかな」と思う一方で、「地味すぎる服は、自分を『おばさん』『おじさん』にしてしまう」というジレンマ。何を着ればいいのかわからなくなって、結局いつも同じような服を着てしまう。

これ、「ファッション迷子」と呼ばれる現象で、50代の方に本当に多いんです。

でも、この時期だからこそ、本当に大切にすべきことが見えてくるんですよ。

それは、「他人からどう見られるか」ではなく、「自分が心地よいか」ということです。

トレンドを追う必要はもうありません。安い流行の服を買うより、カシミヤの上質なセーター一枚、肌触りの良いリネンのシャツ一枚を大切にする。

触った時、着た時に、「ああ、気持ちいい」って感じられる素材を選ぶ。それが、50代のファッションなんです。

健二さんも、実は危機の最中に、突然大型バイクを買ったそうです。若い頃、欲しかったけど買えなかったバイク。

周りからは「今さら危ないよ」とか「中年の危機だね」とか言われたそうですが、健二さん自身は「これが欲しかったんだ」という思いを抑えられなかった。

最初は、SNSで20代の若い女性とバイクの話で盛り上がったりして、家族も心配したそうです。「お父さん、大丈夫かな」って。

でも、健二さん自身が一番怖かったのは、「自分が壊れていく感覚」だったそうです。自分でも何をしているのかわからない。でも、止められない。

そんな時、奥さんが勧めてくれたカウンセリングに通い始めたんです。

最初は「俺がカウンセリングなんて」って抵抗があったそうですが、実際に話を聞いてもらううちに、自分の本当の気持ちが見えてきました。

自分が怖がっていたのは、「誰からも必要とされていない」という孤独だったんです。

会社では、もう若手に追い抜かれていく。家では、子供はもう独立して、自分を必要としていない。妻も、自分がいなくても生活していける。

「じゃあ、俺って、何のために生きてるんだろう」

そういう孤独が、バイクを買ったり、若い人と繋がろうとしたりする行動の裏にあったんだと、気づいたそうです。

それからの健二さんは、変わりました。

まず、仕事以外の居場所を作ることにしたんです。地域のボランティアに参加して、週末は公園の清掃活動に参加するようになりました。

そこには、いろんな年代の人がいて、肩書きも関係ない。「健二さん」として、必要とされる感覚がありました。

バイクも続けていますが、今では同年代の仲間とツーリングに出かける楽しみになっているそうです。

健二さんが言っていました。「50代の危機って、悪いことじゃなかったんだな。自分を見つめ直す、必要な時間だったんだ」って。

ここで、ちょっと面白いエピソードを一つ。

健二さんがボランティアで出会った62歳の山田さんという方がいらっしゃるんですが、この方、50代の時に突然、社交ダンスを始めたんだそうです。

きっかけは、テレビで見たダンスの番組。「かっこいいな」と思って、近所の教室に体験に行ったら、そこにいたのは70代、80代の元気なおばあちゃんたち。

最初は「場違いだったかな」と思ったそうですが、おばあちゃんたちが「男性は貴重よ!ぜひ来て!」と歓迎してくれて。

それから10年、山田さんは今や教室のエースで、競技会にも出場するほどの腕前になったんだとか。「50代で始めて良かった。70代の今が一番楽しい」って、キラキラした目で話してくださるそうです。

年齢なんて、ただの数字なんですよね。

さて、50代のミドルエイジ・クライシスを乗り越えて、後半戦を輝いて生きるために、大切なことをお話ししましょう。

まず一つ目は、「何者でもない自分」を受け入れることです。

肩書きがなくなった自分。親としての役割が終わった自分。若さを失った自分。

そういう「何者でもない自分」を、まず受け入れてあげてください。そして、ゆっくりと「じゃあ、肩書きのない自分って、どんな人間なんだろう」と見つめ直す時間を持ってください。

これは、勇気のいることです。でも、この作業をすることで、本当の自分に出会えるんです。

二つ目は、小さな「やりたかったこと」を回収することです。

30代、40代、忙しくて諦めていたことがあるはずです。楽器を習いたかった。絵を描きたかった。あの国に行ってみたかった。

大きなことじゃなくていいんです。小さな、でもずっと心の片隅にあった「やりたかったこと」を、一つずつ叶えていく。

これが、内なる自分への最大の癒やしになるんです。

美智子さんは、若い頃好きだった油絵を再開しました。最初は下手でいいんです。楽しければいい。週に一度、絵を描く時間が、美智子さんの心の支えになっています。

健二さんは、バイクで日本一周をすることを夢見ています。定年したら、時間をかけてゆっくり回るんだって、計画を立てるのが今の楽しみだそうです。

三つ目は、弱音を吐く場所を作ることです。

50代って、実はすごく孤立しやすい年代なんです。親には心配かけたくない、子供には頼りたくない、パートナーには言いづらい。

でも、「今、苦しい」「今、不安だ」って言える場所が、絶対に必要なんです。

それは友人でもいいし、カウンセラーでもいい。利害関係のない、ただ話を聞いてくれる人。そういう存在を、ぜひ見つけてください。

健二さんも、カウンセリングに出会えたことが、大きな転機になったと言っていました。