60代、70代になって新しい出会いがあったとき、あるいは長年連れ添った相手のことを改めて見つめ直したとき、ふと感じることがあります。「この人は、本当は何を考えているんだろう」と。若い頃なら勢いや情熱で乗り越えられたかもしれない、この「分からなさ」。でも今は、長い人生を歩んできたからこその戸惑いや不安が、心の奥底にじわりと広がっていきます。
この記事を読んでくださっているあなたは、もしかしたら今、そんな相手との関係に悩んでいるかもしれませんね。配偶者を亡くされて数年が経ち、新しい方との出会いがあった。熟年離婚を経て、第二の人生で知り合った方がいる。あるいは、何十年も一緒にいる伴侶のことが、最近急に分からなくなってきた。どの状況であっても、「相手の心が読めない」という不安は、この年代だからこそ深く重いものです。
若い頃の恋愛と違って、人生の後半での関係には、それまで積み重ねてきた経験や価値観、そして「残された時間」への意識が色濃く反映されます。だからこそ、相手の本心が見えないことは、単なる恋愛の悩みではなく、自分の人生をどう生きるかという問いにもつながっていくのです。
今日は、この「何を考えているか分からない人」との関係について、シニア世代特有の視点から、じっくりとお話ししていきましょう。
まず、人生の後半で出会う「何を考えているか分からない人」には、若い世代とは異なる背景があることを理解する必要があります。
70歳近くまで生きてくると、誰しもが多かれ少なかれ、心に蓋をしてきた部分を持っています。長年の結婚生活で本音を言えずにきた習慣、社会人として感情を抑え続けてきた経験、あるいは大切な人を失った悲しみを心の奥底に押し込めてきた年月。こういった積み重ねが、「感情を表に出さない」「本音を語らない」というコミュニケーションスタイルを作り上げているのかもしれません。
ある68歳の女性は、こんな経験を話してくれました。夫を5年前に亡くし、娘の勧めでシニア向けの趣味サークルに参加するようになった彼女。そこで知り合った72歳の男性と、次第に親しくなっていきました。
展覧会に一緒に行ったり、お茶を飲んだり。楽しい時間を過ごしているはずなのに、彼は自分の気持ちをほとんど言葉にしません。「楽しかったですか?」と聞いても「まあ、悪くなかったですね」と淡々とした返事。「次はどこか行きたい場所はありますか?」と尋ねても「お任せします」という答えばかり。
彼女は次第に不安になっていきました。「私といて、本当は退屈なんじゃないだろうか」「私のことを重荷に感じているんじゃないか」。若い頃なら、相手の気持ちを確かめる時間はたっぷりありました。でも今は違います。お互いの残された時間を考えると、無駄にできる時間なんてない。その焦りが、不安をさらに大きくしていきます。
ここで、少し話は変わりますが、面白いエピソードをご紹介しましょう。江戸時代の川柳に「恋文の返事三行で叱られる」というものがあります。若い女性が恋文をもらって、返事を短く書いたら、周りの大人に「もっと気持ちを込めて書きなさい」と叱られた、という意味です。昔も今も、そして若い世代もシニア世代も、「気持ちが見えない」ことへのもどかしさは変わらないんですね。人間の悩みの本質は、時代を超えて同じなのかもしれません。
さて、話を戻しましょう。シニア世代で「何を考えているか分からない人」が示す特徴には、いくつかのパターンがあります。
一つ目は、過去について語りたがらないことです。これまでの人生、特に結婚生活や家族のこと、仕事での苦労。こういった話題になると、急に口数が少なくなったり、話題を変えようとしたりします。
75歳の男性の例を見てみましょう。妻と死別して3年、同じマンションに住む女性と親しくなりました。彼女は自分の人生を率直に話す人で、夫との思い出や子どもたちのこと、楽しかったことも辛かったことも、包み隠さず語ってくれます。
でも彼は、自分のことになると途端に口が重くなります。「奥様とはどんな関係だったんですか?」と聞かれても、「まあ、普通でしたよ」としか答えません。40年以上連れ添った妻のこと、「普通」の一言で片付けてしまう。彼女は「私のことは信頼してくれていないのかな」と寂しい気持ちになりました。
でも実は、彼には語れない理由がありました。妻との関係は決して円満ではなかった。お互いに不満を抱えながらも、世間体や子どものために離婚せず、定年まで我慢して生きてきた。その後、妻が病気になり、介護をしながら少しずつ和解していった矢先、妻は亡くなってしまった。この複雑な感情を、どう言葉にしていいか分からなかったのです。
二つ目の特徴は、将来の話を避けることです。「これからどうしたい」「どこかに旅行に行きたい」といった未来の話になると、はぐらかされてしまう。
69歳の女性は、こんな悩みを抱えていました。1年ほど交際している同い年の男性がいます。週に一度は会って、食事をしたり散歩をしたり。でも、彼女が「来年の桜の季節、一緒に京都に行きませんか?」と誘うと、彼は「その時期は混むからなぁ」と濁す。「お互いに元気なうちに、やりたいことをやりましょうよ」と言っても、「まだ大丈夫でしょう」と笑って終わり。
彼女の心の中には、焦りと不安が渦巻いていました。「この人は、私との未来を考えていないんだ」「私は都合のいい話し相手でしかないのかもしれない」。そんな気持ちが、日に日に大きくなっていきました。
実は彼にも、彼なりの事情がありました。持病があり、体調に自信がなかった。もし旅行中に具合が悪くなったら、彼女に迷惑をかけてしまう。それが怖くて、先の約束ができなかったのです。でも、そんな弱音を吐くことは、男としてのプライドが許さなかった。
三つ目は、感情表現の極端な少なさです。嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのか。表情や声のトーンからは、ほとんど読み取れません。
ある77歳の男性と68歳の女性のカップルの話です。彼女は夫と死別後、趣味のコーラスで知り合った彼と親しくなりました。彼は毎週のようにデートに誘ってくれるし、彼女の誕生日にはプレゼントも用意してくれる。でも、彼の表情はいつも同じ。楽しそうなのか、義務感でやっているのか、全く分かりません。
彼女が孫の写真を見せて嬉しそうに話しても、彼は「へぇ、大きくなったね」と淡々とした反応。彼女が体調を崩して数日会えなかったとき、久しぶりに会っても「よくなってよかったね」と一言だけ。彼女は次第に虚しくなっていきました。「私のことを本当に気にかけてくれているのだろうか」と。
ある日、彼女は思い切って聞いてみました。「私と一緒にいて、楽しいですか?」彼はしばらく黙った後、ぽつりと言いました。「楽しいに決まってるじゃないですか。だから毎週会いたいって誘ってるんです」。その一言で、彼女はハッとしました。彼は感情を表情や言葉で表すのが苦手なだけで、行動で示していたのです。
このように、「何を考えているか分からない人」の背景には、様々な理由があります。長年の習慣、過去のトラウマ、自己肯定感の低さ、あるいは世代特有の「男は感情を見せるものではない」という価値観。これらが複雑に絡み合って、コミュニケーションの壁を作っているのです。
では、こういった相手とどう向き合えばいいのでしょうか。
まず大切なのは、「言葉だけがコミュニケーションではない」と理解することです。特に今のシニア世代の男性は、感情を言葉で表現する訓練を受けてこなかった方が多いです。高度経済成長期を支えてきた世代は、「男は黙って働くもの」という価値観の中で生きてきました。
ある73歳の女性は、こんな風に考え方を変えてみました。付き合っている76歳の男性は、感情表現が本当に乏しい人でした。でも、彼女は彼の「行動」に注目するようにしたのです。
雨の日、彼は必ず彼女を車で迎えに来てくれます。彼女が風邪をひいたとき、何も言わずに薬局で買ってきた生姜湯を置いていきました。彼女が好きな和菓子の話をしたら、次に会ったときにそのお店の包みを手にしていました。
「この人は、言葉は少ないけれど、私のことを大切に思ってくれている」。そう気づいたとき、彼女の不安は大きく和らぎました。「今日は楽しかったです」という言葉がなくても、彼がまた次のデートに誘ってくれることが、その答えなのだと理解したのです。
次に大切なのは、「推測を言葉にしてあげる」ことです。相手が自分の感情を言葉にするのが苦手なら、こちらが代わりに言葉にしてあげましょう。
「今日の映画、面白かったですね。◯◯さんも楽しんでくださったみたいで、私も嬉しいです」「さっきの話、少し疲れた表情をされてましたね。無理なさらなくていいんですよ」。このように、相手の感情を優しく推測して言葉にすることで、相手も「ああ、そうなんだ」と自分の気持ちに気づきやすくなります。
そして何より大切なのは、「焦らないこと」です。人生の後半で築く関係は、若い頃のように急速に燃え上がる恋ではなく、ゆっくりと深まっていく絆です。
80歳の男性と77歳の女性のカップルがいます。二人とも配偶者を亡くし、地域のボランティア活動で知り合いました。知り合って3年、ゆっくりとした時間をかけて関係を深めてきました。
彼は感情表現が苦手な人でしたが、彼女は決して急かしませんでした。「いつか、この人が心を開いてくれる日が来る」と信じて、自分のペースを崩さずに接し続けました。
そして3年目のある日、彼がぽつりと言いました。「若い頃、妻に『あなたは何を考えているか分からない』とよく言われました。だから妻には申し訳ないことをしたと思っています。でも、あなたは待っていてくれる。それが、とても嬉しいんです」。その瞬間、彼女は全てが報われたと感じました。
最後にお伝えしたいのは、時には「諦める勇気」も必要だということです。どんなに待っても、どんなに寄り添っても、相手が心を開かないこともあります。それは、あなたのせいではありません。
71歳の女性は、2年間付き合った男性との関係に終止符を打ちました。彼は優しい人でしたが、最後まで本音を語ることはありませんでした。将来の話をしても、過去の話をしても、全てをはぐらかされました。
彼女は最後に彼にこう伝えました。「あなたと一緒にいて、楽しい時間もたくさんありました。でも、私はもう、残された時間を不安の中で過ごしたくないんです。本当の気持ちを分かち合える関係を、私は望んでいます」。
別れは辛いものでしたが、彼女はすっきりとした表情で語りました。「この年になって、もう妥協はしたくないと思ったんです。若い頃なら我慢できたかもしれないけれど、今は違う。自分の気持ちに正直に生きたいと思いました」。
人生の後半での恋愛は、若い頃とは違った難しさがあります。残された時間を意識するからこその焦り、長年の経験からくる慎重さ、そして何より、お互いが背負ってきた人生の重み。これらが複雑に絡み合って、関係をより繊細なものにしています。
でも同時に、この年代だからこそ味わえる深い絆もあります。急がず、焦らず、お互いのペースを尊重しながら、ゆっくりと心を通わせていく。そんな関係は、若い頃の激しい恋愛とは違う、穏やかで温かな幸せをもたらしてくれます。
「何を考えているか分からない人」との関係は、確かに不安や戸惑いを伴います。でも、その壁の向こうには、同じように不安を抱え、傷つくことを恐れている一人の人間がいるのです。