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60代からの本音!花火大会が苦手になった理由と心地よい夏の過ごし方

若い頃は毎年のように行っていた花火大会。浴衣を着て、恋人や友人と出かけるのが夏の風物詩でした。でも60代になった今、正直に言ってしまうと、花火大会にはもう行きたくないんです。周りからは「せっかくの夏なのに」「花火は日本の文化でしょう」なんて言われることもあります。でも、年齢を重ねたからこそ感じる本音があるんです。

今日は、花火大会が苦手になってしまったシニアの気持ちと、それでも心豊かに夏を楽しむ方法についてお話ししたいと思います。もしあなたも「最近、花火大会に行くのが億劫になってきた」と感じているなら、この記事を読んで少しほっとしてもらえたら嬉しいです。

私が初めて花火大会に行ったのは、高校生の頃でした。当時好きだった同級生に誘われて、ドキドキしながら待ち合わせ場所に向かったのを今でも覚えています。彼女は淡い水色の浴衣を着ていて、夕暮れの光の中でとても綺麗でした。会場に着くと、すでにたくさんの人で賑わっていて、どこを見ても浴衣姿のカップルや家族連れ。屋台の焼きそばの匂いと、人々の歓声。あの頃は、その全てが新鮮で、ワクワクしていたんです。

花火が始まると、夜空に大輪の花が開いて、周りから「わあ!」という歓声が上がる。隣にいる彼女の横顔が、花火の光で照らされてキラキラと輝いている。その瞬間、勇気を出して彼女の手を握りました。彼女は少し驚いた顔をしましたが、握り返してくれた。あの時の感動は、今でも心のどこかに残っています。

20代、30代の頃も、花火大会は夏の大切なイベントでした。結婚してからは妻と二人で、子供が生まれてからは家族みんなで。子供たちが「パパ、見て見て!」と喜ぶ姿を見るのが何よりの楽しみでした。混雑した会場で、次男がはぐれそうになって慌てて探したこともありましたね。あの時は心臓が止まるかと思いました。でも見つけたときの安堵感と、泣きながら抱きついてきた息子の温もりは、忘れられない思い出です。

ところが、50代の後半頃から、花火大会に対する気持ちが少しずつ変わってきたんです。最初は自分でも気づきませんでした。「今年は疲れてるから」「天気がちょっと心配だから」。そんな理由をつけて、行くのを避けるようになっていました。

60代になった今、ようやく自分の本音に気づきました。私は、花火大会が苦手になっていたんです。いや、花火そのものは今でも綺麗だと思います。日本の伝統的な芸術として、職人さんたちの技術には敬意を持っています。でも、花火大会という「イベント」には、もう参加したくないんです。

理由はいくつかあります。まず、何よりも人混みです。若い頃は気にならなかった人の波が、今では本当に辛い。肩と肩がぶつかり合う距離感。どこを見ても人、人、人。狭い場所に何万人も集まって、身動きが取れない状況。若い頃なら「これも楽しみの一つ」と思えたかもしれません。でも今は、人混みの中にいるだけで疲れてしまうんです。

体力の問題も大きいですね。花火大会の会場まで行くだけでも一苦労です。駅から会場までの道のりを、人の流れに押されながら歩く。良い場所を確保するために、何時間も前から場所取りをする。硬いブルーシートの上に座って待つ。若い頃は平気でしたが、60代の体には正直きついんです。腰は痛くなるし、膝も痛い。トイレに立つのも大変で、戻ってきたら場所がなくなってるんじゃないかと心配になります。

そして何より、あの爆音です。花火が上がるたびの「ドーン!」という音。若い頃は心が躍るような音だったのに、今では心臓がドキッとして、少し怖いと感じることさえあります。耳も昔ほど良くないので、大きな音が長時間続くと、翌日まで耳鳴りが残ることもあるんです。

ちょっと面白い話をしますね。去年の夏、近所の公民館で「シニア花火鑑賞会」なるものが開催されたんです。若い職員さんが企画したらしく、「シニアの皆さんにも花火を楽しんでもらいたい」という趣旨でした。会場となる公園は比較的空いていて、座りやすい椅子も用意されている。トイレも近くにあって混まない。これなら良いかもと思って参加したんです。

ところが蓋を開けてみると、参加者は10人ほど。企画した職員さんは「もっと集まると思ったんですが…」と残念そうでした。でも参加した私たちは、その少人数がむしろ心地よかったんです。ゆったりと座って、お茶を飲みながら花火を眺める。隣の席の方と「綺麗ですねえ」なんて静かに話しながら。これこそ、今の私たちに合った花火の楽しみ方だなと思いました。

さて、私がもう一つ花火大会に行きたくない理由があります。それは、あの独特の「恋愛ムード」です。若いカップルが浴衣でデートして、花火をバックに写真を撮って、ロマンチックな雰囲気を楽しむ。それ自体は素敵なことだと思います。でも60代の私たちには、もうそういう「演出された恋愛」は必要ないんです。

妻とは結婚して35年になります。若い頃のようなドキドキはもうありません。でも、それ以上の深い信頼と安心感があります。花火大会に行かなくても、二人の関係は何も変わらない。むしろ、混雑した会場で疲れてイライラするより、家でゆっくり過ごす方が、お互いにとって心地よいんです。

ある日、妻に聞いてみました。「花火大会、行かなくてもいい?」って。妻は少し驚いた顔をして、それからニッコリ笑って言いました。「実は私も、もう行きたくなかったの。でもあなたが行きたいんじゃないかと思って、言い出せなくて」。

二人で笑ってしまいました。お互いに相手のことを思って、本音を言わずにいたんです。でも正直に話してみたら、二人とも同じ気持ちだった。それからは、花火大会のシーズンになっても、無理して出かけることはなくなりました。

では、花火大会に行かなくなった私たちは、夏をどう過ごしているのか。実は、以前よりずっと豊かに楽しんでいるんです。

まず、家のベランダから見える花火を楽しむようになりました。私たちの住むマンションは、少し高台にあります。毎年夏になると、遠くの方で花火大会が開催されているのが見えるんです。音は小さく、ドーンという爆音ではなく、遠くで鳴る太鼓のような優しい音。ベランダに椅子を出して、冷たい麦茶を飲みながら眺める花火は、会場で見るのとはまた違った趣があります。

「ほら、また上がったよ」「あれは菊の花みたいね」。妻とそんな会話をしながら、のんびりと夏の夜を楽しむ。人混みもなく、爆音もなく、自分たちのペースで。これが今の私たちにとって、一番心地よい花火の楽しみ方なんです。

また、昼間に涼しいカフェで過ごすのも、夏の新しい楽しみになりました。若い頃は「夏の夜といえば花火」と決めつけていましたが、別に夜でなくてもいいんですよね。エアコンの効いたカフェで、美味しいアイスコーヒーを飲みながら、妻と本を読んだり、話をしたり。時々、窓の外を通る浴衣姿の若者を見て「私たちもあんな時代があったねえ」なんて懐かしむ。それで十分なんです。

孫たちが「おじいちゃん、花火見に行こう!」と誘ってくれることもあります。でも私は正直に「おじいちゃんはもう人混みが苦手なんだよ。でも行っておいで。楽しんできてね」と伝えます。最初は孫たちも「えー、なんで?」と残念そうでしたが、だんだん理解してくれるようになりました。

そして気づいたんです。無理して花火大会に行って疲れた顔を見せるより、元気な状態で孫たちと別の時間を過ごす方が、よっぽど良い関係が築けるんだと。花火大会の翌日、孫たちが「すっごく綺麗だったよ!」と目を輝かせて話してくれる。私は「そうかそうか、良かったねえ」と聞いてあげる。それで孫たちも満足そうだし、私も無理をしていない。みんなが幸せなんです。

友人の中には、「年寄りだからって諦めるのは早い」「まだまだ若い者には負けられない」と、無理をして花火大会に行く人もいます。その気持ちもわかります。でも、無理をした後の疲労感を見ていると、本当に楽しんでいるのかなと疑問に思うこともあります。

大切なのは、自分の体と心に正直になることだと思うんです。若い頃できたことができなくなるのは、悲しいことでも恥ずかしいことでもありません。それが自然な老いというものです。その変化を受け入れて、今の自分に合った楽しみ方を見つけること。それこそが、年齢を重ねることの知恵だと思うんです。

花火大会に行かなくなってから、妻との会話が増えました。以前は「夏だから花火に行かなきゃ」という義務感で動いていたのが、「今日はどう過ごそうか」と二人で相談するようになった。「涼しいうちに散歩しようか」「昼間は映画を見に行こうか」「夕方、近くの喫茶店でかき氷食べようか」。

小さな選択の一つ一つが、二人の時間を豊かにしてくれています。花火大会という大きなイベントよりも、こうした日常の小さな幸せの方が、今の私たちには大切なんです。

ある夏の夕方、妻と近所の公園を散歩していたときのことです。ベンチに座って休憩していると、若いカップルが浴衣姿で歩いていきました。きっとこれから花火大会に向かうんでしょう。二人とも嬉しそうで、幸せそうで、見ているこちらまで微笑ましくなりました。

妻が「私たちもあんな時代があったわねえ」と言いました。「うん、あったねえ」と私。「でも今は今で、いいわよね」と妻。「そうだね、今の方が楽だよ」と私。二人で笑って、また散歩を続けました。

夕暮れの公園は静かで、風が心地よく吹いていました。遠くから子供たちの遊ぶ声が聞こえて、セミの鳴き声が夏を感じさせてくれる。こんな穏やかな時間が、今の私たちには何より贅沢なんです。

もしあなたも、花火大会に行くのが億劫になってきたと感じているなら、無理をしないでください。「シニアなんだから元気でいなきゃ」「まだまだ若い者には負けられない」。そんな世間の声に惑わされないでください。

あなたの体が「疲れる」と言っているなら、それを聞いてあげてください。あなたの心が「もう行きたくない」と言っているなら、その声を大切にしてください。それは弱さではなく、自分を大切にする強さなんです。

花火大会に行かなくても、夏を楽しむ方法はたくさんあります。家でゆっくりテレビを見るのもいい。涼しい図書館で本を読むのもいい。早朝の静かな時間に散歩するのもいい。昼間のカフェでアイスコーヒーを飲むのもいい。

大切なのは、誰かが決めた「夏の楽しみ方」に合わせることではなく、あなた自身が心地よいと感じる時間を過ごすことです。それが本当の意味での豊かな人生だと、私は思うんです。

60代、70代になって気づいたことがあります。若い頃は「みんなと同じ」が安心でした。花火大会に行くのも、海に行くのも、バーベキューをするのも、「夏だからこうするもの」という暗黙のルールに従っていました。でもその必要はないんです。

私たちはもう、誰かに合わせる必要はありません。自分のペースで、自分が心地よいと思う方法で、残された時間を大切に過ごせばいい。それが年齢を重ねることの特権なんです。

花火大会が好きな人は、ぜひ行ってください。あの賑やかな雰囲気が好きな人、人混みも気にならない人、爆音を楽しめる人。そういう人たちにとって、花火大会は最高のイベントでしょう。それは素晴らしいことです。

でも、もしあなたが私のように「もう行きたくないな」と感じているなら、正直にそう言っていいんです。「シニアだから」「年だから」と卑屈になる必要もありません。ただ単に、「今の自分には合わない」それだけのことです。

家族や友人から誘われたときも、遠慮せずに「ごめんね、私はパスするわ」と伝えましょう。最初は驚かれるかもしれません。でも、あなたの正直な気持ちを伝えることで、相手もあなたのことを理解してくれるようになります。

そして、花火大会に行かない代わりに、あなたなりの夏の楽しみを見つけてください。それは人それぞれでいいんです。誰かと比べる必要もありません。あなたが幸せだと感じられるなら、それが正解なんです。