シニアからのはるめくせかい

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「私が悪いんです」という言葉に隠された心──シニア世代が知っておきたい人間関係の深層

長い人生を歩んでこられた皆さんなら、きっと何度も耳にしたことがあるでしょう。「私が悪いんです」という言葉。配偶者から、友人から、あるいはご自身の口から。この短いフレーズの中に、実は複雑な心の動きが隠れていることを、私たちは案外見逃してしまっているのかもしれません。

今日は、この「私が悪いんです」という言葉について、じっくりと考えてみたいと思います。特に、定年を迎えて夫婦二人の時間が増えた方、パートナーを亡くされて新しい出会いを求めている方、あるいは長年連れ添ったパートナーとの関係を見つめ直している方々にとって、この言葉の持つ意味を理解することは、とても大切なことなんです。

なぜなら、人生の後半戦は、若い頃とは違った形でパートナーシップを育んでいく時期だからです。子育てが終わり、仕事からも解放され、二人だけの時間が増える。その時、長年の間に積み重なってきたコミュニケーションの癖や、言葉の使い方の習慣が、思いがけず関係性に影響を与えることがあるんですね。

「私が悪いんです」に込められた三つの心の声

この言葉を口にする時、人の心の中では、実は三つの異なる声が響いていることが多いんです。

一つ目は、自己犠牲や自己否定の心です。「私なんかが意見を言っても仕方ない」「波風を立てるより、私が我慢すればいい」そんな思いから、つい「私が悪いんです」と言ってしまう。特に、戦後の厳しい時代を生き抜いてこられた世代の方々は、自分よりも家族を優先することを美徳として育ってこられました。そのため、この心理が無意識のうちに染み付いている方も多いのではないでしょうか。

二つ目は、関係性の主導権を握ろうとする心です。これは一見矛盾しているように聞こえるかもしれませんね。でも、先に謝ることで、相手に「これ以上追及しないでほしい」というメッセージを送る。あるいは、相手に罪悪感を抱かせて、実は自分が有利な立場に立とうとする。そんな心理が隠れていることもあるんです。

三つ目は、責任回避の心です。形だけ謝っておけば、問題の本質に向き合わなくて済む。具体的な解決策を考えなくていい。そういった逃げの姿勢が、「私が悪いんです」という言葉に表れることもあります。

年齢を重ねた今だからこそ見える、言葉の重み

私の知人に、70歳を過ぎてから新しいパートナーと出会った女性がいます。夫を10年前に亡くし、長い喪失感と孤独の中にいた彼女が、地域のボランティア活動で知り合った男性と心を通わせるようになったんです。

彼女はとても穏やかで優しい性格の持ち主でした。でも、新しいパートナーとの関係が深まっていく中で、一つの問題が浮かび上がってきました。何か意見の食い違いがあると、彼女は必ず「ごめんなさい、私が悪かったわ」と言うのです。

最初、男性の方は「なんて気遣いのできる人なんだろう」と感じていました。でも、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて、彼は違和感を覚えるようになりました。例えば、二人で旅行の計画を立てている時。彼が「この温泉はどうかな」と提案すると、彼女は「いいわね」と言います。でも、後になって「本当は海の方が良かったんじゃない」と彼が聞くと、「いいえ、私の希望なんて大したことないから。あなたの行きたいところでいいの。私が我儘言ってごめんなさい」と返ってくるんです。

彼は困惑しました。彼女の本当の気持ちが分からない。二人で楽しむはずの旅行なのに、なぜ彼女は自分の希望を言わないのか。そして、なぜ何もしていないのに謝られるのか。

ある日、彼は思い切って彼女に聞いてみました。「どうして、いつも自分が悪いって言うの。僕は君の本当の気持ちが知りたいんだ」

彼女は少し困ったような顔をして、こう答えました。「長年の癖なのよね。亡くなった夫は、私が意見を言うと不機嫌になることが多かったの。だから、波風を立てないように、いつも夫の言う通りにしていた。それが習慣になってしまって、今でも自分の意見を言うのが怖いの」

彼女の心の中には、長年の結婚生活で身につけた「自分を抑える癖」が深く根付いていたんです。それは、当時の時代背景や夫婦関係の在り方を考えれば、理解できることでした。でも、新しい関係を築こうとしている今、その癖は二人の間に見えない壁を作ってしまっていたんですね。

幸いなことに、彼は辛抱強く彼女と向き合いました。「僕は君の本当の気持ちが聞きたい。謝る必要なんてないんだよ。二人で一緒に考えよう」と、何度も繰り返し伝えました。少しずつ、彼女も自分の希望や考えを口にできるようになっていったそうです。

この話を聞いた時、私は深く考えさせられました。年齢を重ねた私たちは、良くも悪くも、長年の習慣が体に染み付いています。「私が悪いんです」という言葉も、その一つなのかもしれません。

問題を避け続けた先にあるもの──ある夫婦の物語

定年を迎えた60代の夫婦の話をしましょう。夫が現役時代は、朝早く出て夜遅く帰る毎日。妻は家事と子育てに専念し、二人が顔を合わせる時間は限られていました。でも、定年後、状況は一変しました。夫は毎日家にいるようになり、夫婦二人だけの時間が急激に増えたんです。

すると、それまで見えなかった問題が次々と浮き彫りになってきました。生活のリズムの違い、家事の分担、趣味の違い、お金の使い方──様々な場面で、二人の考え方のズレが表面化したんです。

そんな時、夫は決まってこう言いました。「ああ、悪かった。俺が悪いんだ」そして、それ以上の会話は続かない。妻は最初、「分かってくれたんだ」と思いました。でも、何度同じことを繰り返しても、夫の行動は変わりません。

例えば、妻が「食事の後は食器を流しに運んでほしい」と頼むと、夫は「ああ、悪い。俺が悪かった」と言います。でも、翌日にはまた食器をテーブルに置きっぱなしにしている。妻が再び指摘すると、また「悪い、悪い」と謝るだけ。

妻の心の中には、次第にモヤモヤした感情が溜まっていきました。「この人は本当に分かってくれているのかしら」「私の気持ちを真剣に受け止めてくれていないんじゃないか」──そんな疑念が、日に日に大きくなっていったんです。

ある日、妻は思い切って本音をぶつけました。「あなたはいつも『悪い』って言うけど、何も変わらないじゃない。本当に私の言っていることが分かっているの」

夫は驚いた様子でした。そして、しばらく黙った後、こう言ったそうです。「正直に言うと、どう変えればいいのか分からないんだ。怒られると、ただ謝ることしかできなくて。謝れば、その場が収まると思っていた」

妻は、その言葉を聞いて、初めて夫の本音を知りました。夫は問題から逃げていたわけではなく、本当にどうしていいか分からず、とりあえず謝ることで妻を落ち着かせようとしていたんですね。

二人はその日から、話し合いの仕方を変えました。「悪い」と謝るだけでなく、「じゃあ、どうすればいい」と具体的な解決策を一緒に考えるようにしたんです。時には口論になることもありましたが、お互いの本音を言い合えるようになったことで、関係は以前よりずっと良くなったそうです。

興味深い世代の違い──「ごめんなさい」の使い方

ここで、少し面白い話を挟みましょう。最近、孫とのやり取りで気づいたことがあります。若い世代の人たちは、「ごめんなさい」という言葉の使い方が、私たちとは少し違うんですよね。

例えば、道を尋ねる時。私たちの世代は「すみません、道を教えていただけますか」と、まず謝罪の言葉から入ります。でも、若い人たちは「道を教えてもらえますか」とストレートに聞くことが多い。

これは、言葉の使い方の違いというだけでなく、コミュニケーションに対する考え方の違いでもあるんです。私たちの世代は、相手に何かを頼む時、まず自分を低くして謙虚さを示すことが礼儀だと教えられてきました。でも、若い世代は、必要以上に謝ることは、むしろコミュニケーションを複雑にすると考えることもあるようです。

どちらが正しいということではありません。ただ、時代とともに、言葉の使い方や、人との関わり方も変化しているということなんですね。そして、私たちも時には、長年の習慣を見直してみることが必要なのかもしれません。

謝罪で主導権を握る──気づきにくい心理のメカニズム

さて、もう一つのパターンについてお話しします。これは、自己犠牲とは少し違った、複雑な心理が絡んでいるケースです。

60代後半の男性の体験談です。彼は数年前に妻を亡くし、一人暮らしをしていました。そんな時、趣味のサークルで知り合った女性と親しくなったんです。彼女も配偶者を亡くしていて、お互いに良い理解者になれると感じていました。

でも、関係が深まっていくうちに、彼は違和感を覚えるようになりました。何か彼女の気に障ることを言ってしまった時、彼女は必ず涙ぐみながら「ごめんなさい、全部私が悪いの。私がもっと気をつけていれば、あなたをイライラさせることもなかったのに」と言うんです。

最初は「なんて優しく、自分を責めてしまう人なんだろう」と思いました。でも、回数を重ねるうちに、彼は自分がいつも「悪者」にされているような気分になることに気づきました。彼女が泣いて「私が悪い」と言うと、彼は自分まで悪人のような気持ちになり、指摘していた問題はうやむやになってしまうんです。

例えば、約束の時間に遅れてきた彼女を、彼が軽く注意すると、彼女は「ごめんなさい、私ってダメな人間なの」と泣き出します。すると彼は、「いや、そこまで言わなくても」「俺の言い方が悪かった」と、慰める役回りになってしまう。そして、遅刻の問題自体は解決しないまま、次も同じことが繰り返されるんです。

彼は、自分の感じている違和感を友人に相談しました。すると、友人はこう言ったそうです。「それは、あなたが罪悪感でコントロールされているんだよ。彼女は意識的か無意識的かは分からないけど、『私が悪い』と先に言うことで、あなたに何も言わせないようにしているんだ」

その言葉を聞いて、彼は驚きました。でも、よく考えてみると、確かにその通りでした。彼女の「私が悪い」という言葉の裏には、「これ以上私を責めないで」「私は傷ついているんだから、あなたが優しくするべきだ」というメッセージが隠れていたんです。

彼は悩んだ末、彼女との関係を見直すことにしました。年齢を重ねて、もう一度新しいパートナーシップを築こうと思っていたのに、こんな形で心が疲れてしまうのは本意ではなかったからです。

この体験談から分かるのは、「私が悪いんです」という言葉が、時として人間関係をコントロールする道具になってしまうということです。本人は無意識にそうしていることも多いのですが、受け取る側は大きなストレスを感じることになります。

長年連れ添った夫婦にこそ起こりやすい問題

実は、この「私が悪いんです」問題は、長年連れ添った夫婦にこそ起こりやすいんです。なぜでしょうか。

それは、長い結婚生活の中で、お互いのコミュニケーションパターンが固定化してしまうからです。「夫が怒ると、妻が謝る」「妻が不満を言うと、夫が『俺が悪かった』と言って終わらせる」──そんなパターンが、何十年も繰り返されることで、お互いの本音を言い合えない関係になってしまうんですね。

特に、現在のシニア世代は、「夫婦は我慢するもの」「家庭の平和のためには、誰かが折れるべき」という価値観の中で育ってきた方が多いです。それは決して間違った考え方ではありません。でも、人生100年時代と言われる今、定年後の夫婦の時間は30年以上にも及びます。その長い時間を、本音を言えないまま過ごすのは、とても寂しいことではないでしょうか。

本当の謝罪と、逃げの謝罪の違い

では、本当に必要な謝罪と、問題を避けるための謝罪は、どう違うのでしょうか。

本当の謝罪には、三つの要素があります。一つ目は、何が問題だったのかを具体的に理解していること。二つ目は、相手の気持ちを想像し、共感すること。三つ目は、同じことを繰り返さないための具体的な行動を示すことです。

例えば、「約束の時間に遅れてごめんなさい。あなたを30分も待たせて、心配させてしまいましたね。次からは、余裕を持って出発するようにします」──これが本当の謝罪です。

一方、逃げの謝罪は「ごめん」「悪かった」という言葉だけで、問題の本質に向き合おうとしません。そして、同じ過ちを何度も繰り返します。

この違いを理解することが、人間関係をより良いものにする第一歩なんです。

これからのパートナーシップに必要なこと

人生の後半戦を迎えた私たちに必要なのは、表面的な平和ではなく、本当の意味での理解し合える関係です。「私が悪いんです」という言葉で問題を覆い隠すのではなく、「私はこう感じている」「あなたはどう思う」と、率直に気持ちを伝え合うこと。

もちろん、長年の習慣を変えるのは簡単ではありません。でも、変えられないということもありません。私たちは、人生の中で何度も変化を乗り越えてきたではありませんか。戦後の混乱期を生き抜き、高度経済成長を支え、子育てをし、様々な困難に立ち向かってきました。その強さがあれば、コミュニケーションの習慣を変えることも、きっとできるはずです。

大切なのは、自分の心に正直になることです。「私が悪い」と言う前に、本当にそう思っているのか、自分の心に問いかけてみてください。もし、ただ波風を立てたくないだけなら、その気持ちも含めて、相手に伝えてみましょう。「本当は違う意見もあるけど、喧嘩になるのが嫌だから、あなたに合わせたい」と正直に言う方が、「私が悪い」と言うよりも、ずっと健全なコミュニケーションになります。

また、もしパートナーが「私が悪いんです」と頻繁に言うようなら、その言葉の奥にある本当の気持ちを探ってみてください。「本当にそう思っているの」「あなたの本当の気持ちを聞かせて」と、優しく問いかけてみることで、今まで見えなかった相手の本音が見えてくるかもしれません。