配偶者を亡くされた方、離婚を経験された方、あるいは長年お一人で過ごされてきた方。人生の節目を迎えた今、もう一度誰かと心を通わせたいと思うのは、とても自然で素敵なことです。でも、同時に不安もあるかもしれません。何十年も生きてきた自分には、もう変えられない生活習慣や価値観がある。今さら誰かに合わせられるだろうか。そんな思いを抱えている方も少なくないでしょう。
今日は、シニア世代だからこそ心に留めておきたい、恋愛における大切な考え方についてお話ししたいと思います。それは「自分のエゴを相手に押し付けない」ということです。若い頃には気づかなかったこと、あるいは気づいていても抑えられなかったことが、今なら落ち着いて考えられるかもしれません。人生経験を重ねたからこそ、より深く穏やかな恋愛ができる。そう信じて、一緒に考えていきましょう。
長年生きてきたからこそ育まれるエゴという名の執着
まず、エゴという言葉について少しお話しさせてください。エゴとは、簡単に言えば「自分本位な考え方や要求」のことです。悪い言葉のように聞こえるかもしれませんが、人間なら誰もが持っているものです。特に、長年にわたって一つの生活スタイルを守ってきた私たちシニア世代は、気づかないうちにそのスタイルへのこだわりが強くなっていることがあります。
たとえば、長年夫婦で過ごされた方なら、亡くなった配偶者との生活リズムや習慣が身体に染み付いているでしょう。朝は何時に起きて、夕食は何時に食べて、週末はこんな過ごし方をして。それは決して悪いことではありません。むしろ、長年培ってきた大切な生活の知恵です。
しかし、新しく誰かとお付き合いを始めようとする時、この「自分のやり方」に固執しすぎると、相手を窮屈にさせてしまうことがあるのです。相手もまた、同じように長年の生活習慣や価値観を持っているはずです。お互いに「自分のやり方が正しい」と主張してしまうと、せっかくの出会いが苦しいものになってしまいます。
恋愛におけるエゴの正体とは
では、具体的に恋愛における「エゴの押し付け」とは、どのようなものでしょうか。シニア世代の恋愛においては、若い人とは少し違った形で現れることがあります。
一つ目は、「こうあるべき」という理想の押し付けです。長年の人生経験から、「男性とはこういうもの」「女性とはこういうもの」という固定観念が強くなっていることがあります。たとえば、「男性なら車を運転して女性を送り迎えするべきだ」とか、「女性なら料理が得意であるべきだ」といった考えです。確かに、私たちが若い頃はそういう時代だったかもしれません。でも、今目の前にいる相手は、あなたの理想像ではなく、一人の人間です。車の運転に自信がない男性もいれば、料理より他のことが得意な女性もいます。
二つ目は、「私のために時間を使ってほしい」という独占欲です。定年退職されて時間に余裕ができた方の中には、相手にも同じように多くの時間を求めてしまう方がいます。でも、相手はまだ仕事をしているかもしれませんし、お孫さんの世話をしているかもしれません。自分の生活リズムを相手にも当てはめようとすると、相手は窮屈に感じてしまいます。
三つ目は、「私のやり方が正しい」という価値観の押し付けです。長年の経験から培った知恵や工夫は、確かに素晴らしいものです。でも、それを相手に強要してしまうと、相手は自分を否定されたように感じてしまいます。洗濯物のたたみ方、食器の洗い方、お金の使い方。どれも人それぞれのやり方があります。
ある女性の失敗と気づき
七十代の女性が、こんな話をしてくれました。彼女は五年前に夫を亡くし、昨年、趣味のサークルで知り合った男性とお付き合いを始めたそうです。最初はとても楽しかったと言います。一緒に旅行に行ったり、美術館に行ったり、お茶を飲みながらゆっくり話をしたり。
でも、だんだんと彼女の中に不満が募ってきました。亡くなった夫は、いつも彼女の意見を尊重してくれて、彼女の好きなレストランに連れて行ってくれたそうです。でも、新しい男性は「今日はこの店に行こう」と自分で決めることが多かった。彼女は次第に「私の気持ちを考えてくれない」と感じるようになり、ある日「あなたは私の意見を聞いてくれない」と責めてしまったそうです。
すると、彼は悲しそうな顔で言いました。「私はあなたに喜んでもらいたくて、評判のいい店を選んでいたつもりだった。でも、それが押し付けだったのなら申し訳ない。でも、私のやり方も否定されると、自分が全部悪いような気がして辛い」と。
その言葉を聞いて、彼女ははっとしたそうです。自分は亡くなった夫のやり方を基準にして、新しい彼を評価していたのだと。そして、彼には彼なりの愛情表現の形があったのだと。彼女は深く反省し、その後は相手のやり方も尊重するように心がけたと話してくれました。「今では、夫とは違う彼のやり方も、それはそれで素敵だと思えるようになりました」と、彼女は穏やかに笑っていました。
連絡の頻度という名の見えない束縛
現代のシニア世代は、スマートフォンを使いこなす方も多くなりました。LINEで気軽に連絡を取り合えるのは便利ですが、ここにも「エゴの押し付け」の罠が潜んでいます。
ある男性が、こんな悩みを打ち明けてくれました。彼は六十代後半で、最近知り合った女性とメッセージのやりとりをしているそうです。最初は楽しかったのですが、だんだんと彼女からのメッセージが一日に何度も来るようになりました。「今何してる?」「元気?」「返事がないけど大丈夫?」と。
彼は元々、あまり頻繁にメッセージを送るタイプではありませんでした。一日の終わりに、その日あったことをまとめて話すのが好きだったのです。でも、彼女は違いました。こまめに連絡を取り合うことが愛情の証だと思っているようでした。
彼は最初は頑張って返信していましたが、だんだんと負担に感じるようになりました。孫と遊んでいる時も、趣味の釣りをしている時も、メッセージが気になってしまう。そして、ある日「もう少しゆっくりしたペースで連絡を取り合えないだろうか」と正直に伝えたそうです。
幸い、彼女は理解してくれました。「ごめんなさい。私、一人でいると不安になって、つい連絡してしまうの。でも、あなたにはあなたの生活があるわよね」と。二人は話し合って、朝と夜の二回、ゆっくりメッセージを交換するというルールを作ったそうです。お互いのペースを尊重することで、関係はかえって深まったと話してくれました。
昔の映画のような話ですが、昭和の時代には手紙という素晴らしいコミュニケーション手段がありました。今みたいに即座に返事が来るわけではなく、一週間、あるいは二週間待つこともありました。でも、その待つ時間も含めて恋愛だったのです。待つ間に相手のことを思い、届いた手紙を何度も読み返す。そんなゆったりとした時間の流れが、シニア世代の恋愛には合っているのかもしれません。
自分の不安を埋めるための要求という落とし穴
長年一人で過ごしてきた方や、配偶者を亡くされた方の中には、寂しさや不安を強く感じる方もいらっしゃるでしょう。それは人間として当然の感情です。でも、その不安を相手に埋めてもらおうとすると、相手に大きな負担をかけてしまうことがあります。
ある女性の話が印象的でした。彼女は夫を亡くしてから三年、ようやく心の整理がついて新しい恋愛を始めたそうです。でも、彼女は常に不安でした。「この人もいつか私を置いていってしまうのではないか」と。その不安から、相手に「私のことが本当に好き?」「私のこと大切にしてくれる?」と何度も確認を求めてしまったそうです。
相手の男性は、最初は優しく「もちろん大切だよ」と答えてくれました。でも、何度も同じことを聞かれるうちに、だんだんと疲れてきたようでした。ある日、彼は言いました。「君の不安は分かる。でも、僕がどれだけ大切だと言っても、君の不安は消えないんじゃないか。君の不安は、僕が埋められるものじゃないと思う」と。
その言葉は厳しいものでしたが、彼女にとって大切な気づきになりました。自分の不安は、相手に愛情を証明してもらうことでは解決しない。自分自身が向き合わなければならない問題なのだと。彼女はカウンセリングに通い、自分の喪失感や不安と向き合う作業を始めました。そして、少しずつ自分の足で立てるようになったそうです。
相手を変えようとする誘惑との戦い
人生経験が豊富になると、「これはこうした方がいい」という知恵もたくさん持つようになります。それは素晴らしいことなのですが、恋愛においては少し注意が必要です。相手のためを思っての助言が、相手にとっては「変えられようとしている」というプレッシャーになることがあるのです。
たとえば、健康に気を遣っている方が、相手の食生活や運動習慣について口を出しすぎてしまう。「もっと野菜を食べた方がいい」「毎日散歩した方がいい」「そんなに甘いものを食べたら体に悪い」と。確かに、相手の健康を心配しての言葉です。でも、毎日のように言われると、相手は監視されているような気持ちになってしまいます。
六十代の男性が、こんなことを話してくれました。彼は元教師で、人に教えることが好きだったそうです。お付き合いを始めた女性に対しても、良かれと思って色々とアドバイスをしていました。スマートフォンの使い方、健康法、お金の管理の仕方。でも、ある日彼女から「あなたと一緒にいると、私はまるで生徒になったような気分になる。私は対等な関係でお付き合いしたいの」と言われてしまいました。
彼はショックを受けましたが、冷静に考えてみると、確かに彼女の言う通りでした。自分は無意識のうちに、彼女を「教え導く対象」として見ていたのです。それからは、アドバイスは求められた時だけにして、それ以外は彼女のやり方を尊重するように心がけたそうです。すると、関係は見違えるほど良くなり、彼女も自分から色々なことを話してくれるようになったと言います。
エゴを手放すことで見えてくる新しい景色
では、どうすればエゴを手放すことができるのでしょうか。長年培ってきた習慣や考え方を変えるのは、簡単なことではありません。でも、不可能でもありません。実は、私たちシニア世代には、若い人にはない大きな強みがあります。それは、人生の中で何度も変化を経験してきたということです。
子育てをされた方なら、自分の思い通りにならない子どもと向き合った経験があるでしょう。仕事をされてきた方なら、様々な価値観の人と協力してきた経験があるでしょう。配偶者と長年連れ添った方なら、時にはぶつかりながらも歩み寄ってきた経験があるでしょう。その経験こそが、今新しい恋愛において役立つのです。
まず大切なのは、「自分と相手は違う人間だ」ということを心から受け入れることです。当たり前のようですが、これが意外と難しい。長年一緒に過ごした配偶者とは、言わなくても分かり合えることが多かったかもしれません。でも、新しい相手は、あなたの人生を共に歩んでこなかった別の人なのです。違って当然なのです。
次に、相手の状況や気持ちを想像してみることです。相手が約束の時間に遅れたら、すぐに「私を軽く見ている」と思うのではなく、「何か事情があったのかもしれない」と考えてみる。相手が自分の提案を断ったら、「私のことが好きじゃないのか」ではなく、「他に大切な用事があるのかもしれない」と考えてみる。この視点の転換が、エゴの押し付けを防ぎます。
そして、相手に自由を与えることです。相手が友人と会う時間、趣味に没頭する時間、一人で過ごす時間。それらを「私から離れていく」と不安に思うのではなく、「充実した時間を過ごしてきてほしい」と応援する。不思議なことに、相手に自由を与えれば与えるほど、相手は自発的にあなたのもとに戻ってきてくれるものです。
エゴを手放したある夫婦の物語
七十代のご夫婦が、こんな素敵な話をしてくれました。二人とも再婚で、お互いに前の配偶者を亡くしてから出会ったそうです。最初は、それぞれの生活習慣の違いに戸惑いました。夫は朝型で早起きが好き、妻は夜型で朝はゆっくりしたい。夫は質素な食事を好み、妻は少し贅沢な食事が好き。
当初、夫は「朝早く起きた方が健康にいい」と妻を説得しようとしました。妻は「たまには美味しいものを食べたい」と夫に理解を求めました。でも、お互いに相手を変えようとすればするほど、関係はギクシャクしていきました。
そんな時、妻が思い切って提案しました。「お互いの生活スタイルを尊重し合いましょう。あなたは早く起きて散歩に行く。私はゆっくり起きる。でも、朝食は一緒に食べましょう。あなたは質素な食事を基本にして、私は週に一度、好きなレストランに行く。でも、月に一度は一緒に少し贅沢な食事をしましょう」と。
夫は最初、少し抵抗がありました。長年の習慣を変えることへの不安があったのです。でも、やってみると意外と快適でした。朝の散歩の時間は自分だけの貴重な時間になり、妻とゆっくり朝食を食べる時間は二人の大切な時間になりました。月に一度の贅沢な食事も、特別な楽しみになりました。
「お互いのエゴを手放して、相手の自由を尊重することで、かえって関係が深まったんです」と夫婦は笑顔で話してくれました。「若い頃は、相手を自分の思い通りにしたいと思っていました。でも、今は違います。相手は相手、自分は自分。でも、一緒にいる。それが一番心地いいんです」と。
シニアだからこそできる穏やかな恋愛
若い頃の恋愛は、情熱的でエネルギッシュでした。相手のすべてを知りたい、いつも一緒にいたい、相手に夢中になる。それはそれで素晴らしい恋愛の形です。でも、シニア世代の恋愛は、それとは違った魅力があります。
長年生きてきた私たちは、人間の複雑さを知っています。完璧な人などいないこと、誰もが長所と短所を持っていること、時には一人の時間も必要だということ。そういった人生の真実を、身をもって学んできました。
だからこそ、相手に完璧を求めず、相手の欠点も含めて受け入れることができます。相手が自分と違う価値観を持っていても、「そういう考え方もあるのね」と受け止めることができます。相手が忙しくて会えない時も、「ゆっくり休んでね」と思いやることができます。
これは若い頃にはなかなかできなかったことです。でも、今だからこそできる。人生の後半戦だからこそ、穏やかで深い恋愛ができる。それがシニア世代の恋愛の素晴らしさなのです。