シニアからのはるめくせかい

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シニア世代のあなたに向けて、恋愛やパートナーシップ

人生の折り返し地点を過ぎて、改めて気づくことがあります。それは、本当に自分のことを思ってくれる人の存在の尊さです。今日は、シニア世代のあなたに向けて、恋愛やパートナーシップにおいて「指摘してくれる人」がどれほどありがたい存在なのか、そしてなぜその言葉が心に深く響くのかについて、お話しさせていただきますね。

若い頃には気づかなかった真実

若い頃、私たちは誰かに注意されたり、欠点を指摘されたりすることを嫌がったものです。プライドが傷つく、恥ずかしい、認めたくない。そんな気持ちが先に立って、相手の言葉の真意を受け止められなかったこともあったでしょう。

でも、年齢を重ねた今だからこそ分かることがあります。本当に自分のことを思ってくれる人は、耳の痛いことも正直に伝えてくれる人なのだと。優しい言葉だけをかけてくれる人よりも、時には厳しいことも言ってくれる人の方が、実は深い愛情を持っているのだということに。

68歳のある男性の話をしましょう。彼は5年前に妻を亡くし、長い間一人で暮らしていました。子どもたちは独立し、孫の顔を見るのが唯一の楽しみという日々。そんな彼が、地域のボランティア活動で出会った女性に、少しずつ心を惹かれていきました。

彼女は同じく配偶者を亡くした65歳の女性でした。二人は最初、お茶を飲みながらたわいない話をする関係でしたが、次第に深い話もするようになっていきました。

ある日、彼が「最近、少し酒量が増えてしまって」と何気なく話したとき、彼女は真剣な表情でこう言ったのです。「それは心配ですね。お体のことを考えると、もう少し控えた方がいいんじゃないでしょうか。あなたにはまだまだ元気でいてほしいから」

その言葉に、彼は一瞬ドキッとしました。子どもたちからも「お父さん、飲み過ぎだよ」と言われたことはありましたが、どこか義務的に聞こえていました。でもこの女性の言葉は違いました。本当に心配してくれている、自分のことを大切に思ってくれている。その温度が伝わってきたのです。

彼は素直に「ありがとう。気をつけるよ」と答え、実際にその日から酒量を減らしました。そして気づいたのです。この女性と一緒にいると、自分がより良い人間になれる気がする。もっと健康でいたい、もっと素敵な人でありたいと思えると。

指摘という名の愛情表現

シニア世代の恋愛やパートナーシップには、若い頃とは違う深みがあります。外見や条件よりも、一緒にいて心が安らぐか、お互いを高め合えるか、残りの人生を共に歩みたいと思えるか。そういった本質的な部分が大切になってきます。

そんな中で、相手の欠点や気になる点を指摘するというのは、実は非常に勇気のいる行為です。特に、新しい関係を築こうとしている時には、嫌われたくない、関係を壊したくないという思いから、言いにくいことは黙っていることも多いでしょう。

それでもあえて伝えてくれる。それは、この関係を本気で大切にしたいと思っているからこそ。一時的に気まずくなるリスクを負ってでも、相手のため、二人の関係のために伝えなければと感じているからなのです。

72歳のある女性の体験談があります。彼女は3年前に夫を亡くし、友人の紹介で70歳の男性と知り合いました。お互いに趣味の写真を楽しむ仲間として、次第に親しくなっていきました。

男性は優しく、紳士的で、彼女にいつも丁寧に接してくれました。でもある日、二人で写真展を見に行ったとき、彼女は彼の服装が少々だらしないことに気づきました。シャツの襟が汚れていて、ズボンにはシワがたくさん寄っていました。

彼女は悩みました。言うべきだろうか、でも傷つけてしまうのではないか。一晩考えた末、彼女は勇気を出して、次に会ったときに優しく伝えました。「この前のこと、言いにくいんだけど、お洋服のことで少し気になったの。もしよかったら、一緒にクリーニング屋さんを探してみませんか」

男性は一瞬、驚いた表情を見せました。でもすぐに、少し恥ずかしそうに笑って言いました。「実は、妻が亡くなってから、服の手入れがよく分からなくなってしまって。言ってくれてありがとう。恥ずかしい思いをさせてしまったね」

その後、彼女は彼に洗濯のコツやクリーニングのことを教え、二人で買い物に行くこともありました。男性は後日、彼女にこう言いました。「君が言ってくれて本当に良かった。他の人は気づいても言ってくれなかっただろう。君は本当に僕のことを考えてくれているんだね」

この出来事をきっかけに、二人の関係はより深いものになりました。お互いに、遠慮せずに本音を言い合える関係。それは、信頼の証でした。

ちなみに、昭和の時代には「親しき仲にも礼儀あり」という言葉がよく使われました。でも実は、この言葉の本当の意味は、親しいからこそ言いにくいことも言える、そういう誠実な関係こそが大切だということなんですね。遠慮しすぎることが礼儀なのではなく、相手のことを思って正直に向き合うことこそが、本当の礼儀なのかもしれません。

人生の後半戦だからこそ見えるもの

シニア世代の私たちは、若い頃よりもずっと多くの人生経験を積んできました。仕事での成功や失敗、子育ての喜びや苦労、人間関係の難しさ、そして時には大切な人との別れも経験してきました。

だからこそ、今は分かります。表面的な優しさと、本当の思いやりの違いが。耳障りの良い言葉と、心からの助言の違いが。そして、一緒にいて心地よいだけの関係と、お互いを高め合える関係の違いが。

66歳のある男性は、定年退職後、地域のカラオケサークルに参加しました。そこで知り合った64歳の女性と、次第に親しくなっていきました。二人とも配偶者とは死別していて、寂しさを抱えながらも前向きに生きようとしていました。

男性は人前で歌うのが好きで、カラオケでもよく歌っていました。でも彼女は、彼が歌っているときに他の人の反応を見て、少し気になることがありました。彼は音程が外れていることが多く、周りの人たちが少し困った表情をしていたのです。

彼女は悩みました。彼はとても楽しそうに歌っている。それを壊したくない。でも、このままでは周りの人に迷惑をかけてしまうかもしれない。そして何より、彼が恥をかくことになるかもしれない。

ある日、二人きりでお茶を飲んでいるとき、彼女は勇気を出して言いました。「あなたの歌、とても楽しそうで素敵なんだけど、もしよかったら、一緒にカラオケ教室に通ってみない?私も上手くなりたいし、一緒に習えたら楽しいと思うの」

男性は少し驚いた顔をしましたが、彼女の優しい言い方に、何か気づいたようでした。「もしかして、俺の音程が外れてるって言いたいのかな」と笑いながら聞きました。

彼女は正直に答えました。「気を悪くしないでほしいの。でもね、あなたにはもっと素敵に歌ってほしいって思ったの。せっかくの才能を、もっと磨いてほしいって」

男性の目に涙が浮かびました。「ありがとう。実は薄々気づいてたんだ。でも、誰も言ってくれなくて。君だけが、本当のことを言ってくれた。それが嬉しいよ」

二人はその後、一緒にカラオケ教室に通い始めました。男性の歌は少しずつ上達し、何より二人の絆は深まりました。本当のことを言い合える関係。それは、お互いを信頼し、尊重している証でした。

成長は何歳になっても続く

よく「もう年だから」という言葉を聞きます。でも本当にそうでしょうか。人は何歳になっても成長できるし、変わることができます。むしろ、シニア世代だからこそ、相手の指摘を素直に受け止められる心の余裕があるのではないでしょうか。

若い頃は、プライドが邪魔をして素直になれないことも多かったでしょう。でも今は違います。長い人生を生きてきて、完璧な人間なんていないことを知っています。誰もが欠点を持っていて、それでいいのだと分かっています。

だからこそ、指摘してくれる人の言葉を、攻撃ではなく愛情として受け止められるのです。

70歳のある女性の話があります。彼女は、シニア向けのダンス教室で知り合った男性と親しくなりました。二人は週に一度、一緒にダンスを楽しむようになりました。

ある日、男性が彼女に言いました。「あなたは本当に素敵な人だけど、一つだけ気になることがあるんだ。人の話を最後まで聞かずに、途中で自分の話を始めることが多いんだよね」

彼女は最初、ショックを受けました。そんなつもりはなかったのに。でも冷静に考えてみると、確かに心当たりがありました。話が盛り上がると、つい自分の経験を話したくなって、相手の話を遮ってしまうことがあったのです。

彼女は素直に謝りました。「ごめんなさい。気づかなかった。教えてくれてありがとう」

その日から、彼女は意識して相手の話を最後まで聞くようにしました。すると、今まで気づかなかった相手の思いや考えが、よく見えるようになりました。会話が深まり、人間関係も豊かになっていきました。

彼女は男性に感謝しました。「あなたが言ってくれなかったら、私はずっと気づかなかった。70歳になっても、まだまだ成長できるんだって分かったの」

男性は微笑んで答えました。「僕もあなたから学ぶことがたくさんあるよ。お互いに高め合える関係でいられたら嬉しいね」

深い信頼関係の証

指摘してくれる人がいるということは、とても幸せなことです。それは、その人があなたとの関係を本気で大切にしている証拠だからです。

もし相手があなたのことをどうでもいいと思っていたら、わざわざ言いにくいことを伝えようとはしないでしょう。傷つけるかもしれない、嫌われるかもしれない。そんなリスクを負ってまで言ってくれるのは、あなたとの関係を守りたい、より良いものにしたいと願っているからなのです。

75歳のある男性は、妻を亡くして10年が経っていました。長い間一人で暮らしていましたが、老人ホームに入居したことで、そこで働く67歳の女性職員と親しくなりました。

彼女は仕事熱心で、いつも入居者のことを第一に考えていました。男性は彼女の優しさに惹かれ、時々お茶に誘うようになりました。

ある日、男性が「最近、夜眠れなくて昼間ずっとベッドで横になっているんだ」と話したとき、彼女は少し心配そうな顔をして言いました。「それはあまり良くないですね。日中も横になっていると、夜余計に眠れなくなってしまいますし、体も弱ってしまいます。少しでも外に出て、日光を浴びた方がいいと思います」

男性は少し不機嫌になりました。「好きでそうしてるわけじゃないんだ。体が辛いんだよ」

でも彼女は諦めませんでした。「分かっています。でも、このままだとますます悪循環になってしまうんです。私、毎日あなたが元気でいてくれることを願っているんです。だから、一緒に散歩しませんか。私が休憩時間に付き添いますから」

男性はその言葉に、彼女の本気を感じました。面倒だから言っているのではない。本当に自分のことを心配してくれているのだと。

その日から、男性は彼女と一緒に毎日少しずつ散歩をするようになりました。最初は5分だけでしたが、次第に時間が延びていき、1ヶ月後には30分歩けるようになりました。体調も良くなり、夜も眠れるようになりました。

男性は彼女に心から感謝しました。「君が厳しく言ってくれなかったら、僕はずっとベッドで寝たきりになっていたかもしれない。本当にありがとう」

彼女は優しく微笑んで答えました。「あなたにはまだまだ元気でいてほしいんです。これからも、お互いに支え合っていきましょう」

受け止める心の準備

指摘を受け入れるには、心の準備が必要です。でもシニア世代の私たちには、若い頃にはなかった心の余裕があります。完璧でなくてもいい、失敗してもいい、そう思える強さがあります。

そして何より、残された時間を大切にしたいという思いがあります。もう無駄なプライドや見栄に時間を費やしている余裕はありません。本当に大切なことに集中したい。本当に大切な人と、本当の自分で向き合いたい。そう思えるのが、今の私たちなのです。