朝、鏡を見ながら髪を整えていると、ふと頬に浮かぶ笑みに気づきます。この年齢になって、こんな気持ちになるなんて思ってもみませんでした。68歳の私が、また誰かを想う気持ちを抱くなんて。
人生の後半に差し掛かった今、多くの方が「恋なんてもう遠い昔の話」と思っていらっしゃるかもしれません。でも、心は年を取らないものです。今日は、私が3年前に経験した、凛々しい男性との出会いと、そこから始まった心温まる物語をお話しさせてください。
夫を亡くして5年が経った秋のこと
夫を亡くして5年。娘や孫たちに囲まれ、それなりに充実した日々を送っていました。でも、ふとした瞬間に訪れる静けさに、心がざわつくことがありました。朝起きて隣に誰もいない寝室、一人分だけの朝食、テレビを見ながらふと話しかけたくなる瞬間。そんな小さな寂しさを、私は「これが一人暮らしというものだ」と受け入れていたんです。
そんな私に転機が訪れたのは、地域の健康体操教室でした。週に一度、市の体育館で開催される教室に、娘が「お母さん、家にこもってちゃダメよ」と背中を押してくれて通い始めたんです。
最初は正直、乗り気じゃありませんでした。見知らぬ人たちの中に入っていくのは、この年になると億劫なものです。でも、行ってみると同年代の方々が楽しそうに体を動かしていて、少しずつ心がほぐれていきました。
彼との出会いは、教室が始まる前のロビーでした。背筋をピンと伸ばして立つ、凛々しい顔立ちの男性。グレーの髪は短く整えられ、引き締まった体つき。年齢は私より少し上に見えましたが、とても若々しい印象でした。
その方、健一さんは70歳。定年退職後、奥様を病気で亡くされ、一人息子さんは海外で暮らしているとのことでした。健康維持のために体操教室に通い始めたそうです。
初めて言葉を交わしたのは、偶然にも私が教室で転びそうになったとき。「大丈夫ですか」と、しっかりとした手で支えてくれた彼の声は、落ち着いていて優しかった。「ありがとうございます。不注意で」と答える私に、「足元には気をつけないとね。お互い、転倒だけは避けたいところです」と微笑んでくれました。
その笑顔が、なんとも素敵で。凛々しい顔立ちなのに、目元に温かみがある。私は思わずドキッとしてしまいました。こんな気持ち、本当に何十年ぶりでしょう。
ゆっくりと育まれる大人の関係
それから、教室で顔を合わせるたびに挨拶を交わすようになりました。「今日は寒いですね」「桜が綺麗に咲きましたね」といった、何気ない会話。でも、その何気なさが心地よかったんです。
若い頃の恋とは違います。激しく燃え上がるような感情ではなく、静かに、でも確かに心が温まっていく感覚。彼と話していると、不思議と亡き夫のことを思い出しました。でも、それは悲しい思い出ではなく、「ああ、人と繋がるって、こんなに心が豊かになることなんだ」という気づきでした。
ある日、健一さんが教室の後に声をかけてくれました。「もしよろしければ、近くの喫茶店でお茶でもいかがですか」と。私は少し戸惑いましたが、彼の誠実な眼差しに、「ええ、喜んで」と答えていました。
喫茶店で、私たちは長い時間話しました。彼の仕事の話、趣味の登山の話、そして奥様との思い出。私も夫との暮らしや、子育ての苦労、今の生活について話しました。不思議なもので、この年齢だからこそ、お互いの過去を否定せず、むしろ尊重し合えるんですね。
「私たちの年齢になると、過去は消せないし、消す必要もない。大切なのは、今この瞬間をどう生きるかだと思うんです」と健一さんが言ったとき、私は深く頷きました。彼の凛々しい顔に刻まれた皺は、人生の重みと優しさの証なんだと感じました。
娘の反応と心の葛藤
でも、喜びと同時に、複雑な気持ちもありました。亡き夫への罪悪感。「また誰かを好きになるなんて、夫に申し訳ない」という思い。そして、娘がどう思うか、という不安。
ある晩、勇気を出して娘に話しました。「実は、体操教室で知り合った方と、お茶を飲んだり散歩したりしてるの」と。すると娘は、少し驚いた顔をした後、優しく微笑んで言いました。
「お母さん、それはいいことよ。お父さんだって、お母さんが一人で寂しくしてるより、誰かと楽しく過ごしてくれる方が嬉しいはずだもの」
その言葉に、私は涙があふれそうになりました。娘の理解と、亡き夫への思いと、健一さんへの気持ち。全てが混ざり合って、でも不思議と心が軽くなったんです。
ここで少し面白いエピソードを。実は健一さん、見た目の凛々しさとは裏腹に、とても不器用なところがあるんです。ある日、私の誕生日にと花束を持ってきてくれたのですが、包装が途中でほどけてしまって、慌てて直そうとするんですが余計にぐちゃぐちゃに。最終的には「申し訳ない、不器用で」と照れ笑いしながら、ほどけた花束を渡してくれました。
その時の彼の表情が、なんとも言えず愛おしくて。凛々しい顔が真っ赤になって、まるで少年のよう。私は笑いながら「気持ちが嬉しいのよ。形なんて関係ないわ」と受け取りました。若い頃なら完璧を求めたかもしれませんが、この年になると、そういう不完全さこそが愛おしいんですね。
互いを支え合う喜び
私たちの関係は、若い恋人たちのそれとは違います。毎日会うわけでもなく、連絡も週に2、3回程度。でも、その適度な距離感が心地いい。お互いに自分の時間を大切にしながら、でも会えば心が満たされる。そんな関係です。
健一さんは膝を悪くしていて、時々痛みで辛そうにしています。そんな時、私はそっと湿布を持っていったり、軽いマッサージをしてあげたり。一方、私が風邪を引いたときは、彼が買い物を手伝ってくれたり、煮込みうどんを作って持ってきてくれたりします。
「支え合う」という言葉の本当の意味を、この年齢になって初めて理解したような気がします。若い頃は、相手に依存したり、相手を変えようとしたり。でも今は、お互いをそのまま受け入れて、できることをさりげなく助け合う。それが自然とできるんです。
ある雨の日、健一さんと公園のベンチに座っていたときのことです。雨宿りをしながら、ぼんやりと雨を眺めていると、彼がぽつりと言いました。
「あなたと出会えて、人生がまた輝き始めた気がします。妻を亡くしてから、毎日ただ過ぎていくだけだったけど、今は明日が楽しみなんです」
その言葉を聞いて、私の目にも涙が浮かびました。嬉しくて、温かくて、そして少し切なくて。人生の終盤に差し掛かった今だからこそ、一日一日の大切さが、人と繋がることの尊さが、痛いほどわかるんです。
周囲の目と向き合う
とはいえ、すべてが順風満帆だったわけではありません。体操教室の一部の方々から、好奇の目で見られることもありました。「あの年で恋愛なんて」という陰口も、正直耳に入ってきました。
最初は気になって、健一さんとの距離を置こうかとも思いました。でも、彼が言ってくれたんです。「人の目を気にして、自分の幸せを手放すのはもったいない。私たちにはもう、他人の評価に振り回されている時間はないんですから」と。
その言葉に、はっとしました。そう、人生残された時間は限られているんです。他人の目を気にして、本当に大切なものを諦めるなんて、もったいない。凛々しい顔で毅然と言ってくれた健一さんの姿に、私は改めて惹かれました。
それからは、堂々と二人で過ごすようになりました。体操教室の後の喫茶店、週末の散歩、時には美術館や映画にも。そうしていると、不思議なもので、最初は冷たい目を向けていた人たちも、少しずつ理解を示してくれるようになったんです。
中には「素敵ね、私も頑張ろうかしら」と冗談めかして言ってくれる方も。人は、幸せそうな姿を見ると、やはり応援したくなるものなのかもしれません。
これからの二人の形
私たちは再婚を考えているわけではありません。それぞれに子どもや孫がいて、亡くなった配偶者への思いもある。でも、それでいいんです。人生の伴侶として、お互いを支え合い、日々を豊かに過ごせれば。
先日、健一さんがこう提案してくれました。「一緒に旅行に行きませんか。京都の紅葉を見に」と。私は少し迷いましたが、娘に相談すると「お母さん、楽しんできなさいよ。でも無理はしないでね」と笑顔で送り出してくれました。
凛々しい顔の健一さんと並んで歩く京都の街。紅葉を眺めながら、温かいお茶を飲みながら、他愛のない話をする。そんな時間が、何よりの宝物になりました。
彼の横顔を見ると、時々亡き夫のことを思い出します。でも、それは悲しい思い出ではなく、「夫との時間があったから、今この幸せを感じられるんだ」という感謝の気持ち。過去も現在も、すべてが繋がっているんだと実感します。