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シニアの恋愛で「物好き」と言われても幸せになれる理由

「あの年で恋愛なんて、物好きねぇ」なんて、陰で言われたことはありませんか。配偶者を亡くして新しい出会いを求めたり、熟年離婚後に人生のパートナーを探したり、あるいは長年の友人と急に恋愛関係に発展したり。60代、70代になってからの恋愛は、若い頃とは違う周囲の視線にさらされることもあります。

特に「物好き」という言葉。これ、日本語では少し皮肉めいたニュアンスがありますよね。「変わった選択をする人」「普通じゃない相手を選ぶ人」という、ちょっとした揶揄を含んでいます。でも、本当にそれは悪いことなのでしょうか。

今日は、人生の後半に入ってからの「物好き」な恋愛について、じっくりとお話ししたいと思います。若い頃とは違う、大人だからこそできる自由な恋愛のあり方を、一緒に考えていきましょう。

まず「物好き」と呼ばれる恋愛とは、どういうものでしょうか。一般的な価値観から少し外れた相手に惹かれること、周囲が「なぜあの人を?」と首をかしげるような選択をすること。それが「物好き」と言われる恋愛です。

例えば、20歳以上年下の人と交際する。亡くなった配偶者とは全く違うタイプの人を選ぶ。経済的に安定していない相手と一緒になる。子どもや孫から反対されている関係を続ける。あるいは、遠距離恋愛に挑戦する。こういった選択が「物好き」と言われやすいんですね。

でもね、よく考えてみてください。私たちはもう60年、70年と人生を歩んできた大人です。若い頃は確かに、周囲の目を気にして、親の意見を聞いて、世間体を考えて、無難な選択をしてきたかもしれません。でも今は違います。自分の残りの人生を、本当に自分らしく生きたいと思いませんか。

心理学的に見ると、「物好き」な恋愛には「希少性効果」というものが働いているそうです。人は珍しいもの、他人が選ばないものに、特別な価値を見出す傾向があるんです。若い頃は「みんなと同じ」が安心でしたが、年齢を重ねると「自分だけの特別」を求めるようになる。それは自然なことなんですね。

ここで少し面白いお話を。実は江戸時代の文学作品を見ると、「物好き」という言葉は、むしろ「風流な人」「趣味人」という肯定的な意味で使われることもあったんです。茶道や俳句を嗜む人を「物好きな方」と言って、尊敬の念を込めていたとか。つまり、「普通とは違う選択」というのは、本来悪いことではなかったんですよね。時代とともに言葉の意味が変わってきたのかもしれません。

さて、自己肯定感という言葉、最近よく耳にしませんか。自己肯定感が高い人ほど、「周囲にどう思われても構わない」と考えられるそうです。長年生きてきた私たちは、若い頃より自己肯定感が育っているはずです。だからこそ、「物好き」と言われるような恋愛も、堂々と選べるんです。

65歳のある女性の話を聞いたことがあります。夫を5年前に亡くして、寂しさと向き合いながら一人で暮らしていました。そんな時、地域のボランティア活動で知り合った、15歳年下の男性と親しくなったそうです。

最初は友達として話をするだけでしたが、次第に彼の優しさや明るさに心惹かれていきました。でも周囲の反応は厳しかった。「年下の男性なんて、物好きねぇ」「何か下心があるんじゃないの?」「亡くなったご主人が可哀想」。そんな言葉が耳に入ってきたそうです。

彼女の心の中には、不安と罪悪感が渦巻いていました。「私がこんな気持ちになるのは間違っているんだろうか」「夫への裏切りなんだろうか」「周りに迷惑をかけているんだろうか」。夜、一人で涙を流したこともあったと言います。

でも、ある日こう思ったそうです。「私はもう65歳。人生の残り時間は、そう長くないかもしれない。その大切な時間を、他人の目を気にして不幸に過ごすのか、それとも自分の心に正直に生きるのか」。その問いに、彼女は答えを見つけました。

彼女は周囲の声を気にせず、その男性との交際を続けることにしたそうです。今では二人で散歩を楽しんだり、一緒に旅行に行ったり、穏やかな日々を過ごしているとのこと。「物好きと言われても構わない。私は幸せだから」という彼女の笑顔は、本当に輝いていたそうです。

日本の文化的背景を見ると、「物好き」という言葉には、確かに軽い揶揄のニュアンスがあります。でも興味深いことに、欧米では同じような状況でも「ユニークな選択」として、むしろ肯定的に捉えられることが多いんです。文化が違えば、価値観も違う。だとしたら、周囲の価値観に縛られる必要はないんじゃないでしょうか。

脳科学的な視点も面白いですよ。人は予測不能な相手、つまり「普通じゃない相手」に惹かれると、脳内でドーパミンという物質が強く分泌されるそうです。ドーパミンは快感や幸福感をもたらすホルモン。つまり、「物好き」な恋愛は、脳が喜んでいる証拠なんです。

若い頃の恋愛は、どこか計算的だったかもしれません。「この人となら経済的に安定できる」「親も喜んでくれそう」「友達に自慢できる」。でも今は違います。純粋に「この人といると心が温かくなる」「一緒にいて楽しい」という感情だけで選べる。それって、とても贅沢な恋愛だと思いませんか。

スピリチュアルな解釈では、「物好き」な恋愛は「カルマの縁」だとも言われます。一見不思議な相手との出会いが、実は魂の課題を解決するきっかけになる。若い頃には気づかなかった大切なことを、この年齢になって学ぶために、その人と出会ったのかもしれません。

70代の男性の体験談もご紹介しましょう。彼は妻を10年前に亡くし、長い間一人で暮らしていました。子どもたちは独立して、孫たちも時々会いに来てくれる。それなりに充実した生活でしたが、どこか心に穴が開いたような寂しさがあったそうです。

そんなある日、趣味の囲碁教室で、60代の女性と出会いました。彼女は離婚経験があり、子どもはいません。明るくて、少し変わった趣味を持っていて、型にはまらない自由な考え方をする人でした。彼の亡くなった妻とは、全く違うタイプ。

周囲の反応は予想通りでした。「亡くなった奥さんとは全然違うじゃないか」「変わった女性だね、物好きだな」「子どもや孫はどう思うんだ」。息子からは「お父さん、もう少し落ち着いて考えた方がいいんじゃない?」と言われたそうです。

彼の心の中には葛藤がありました。「確かに妻とは違う。でもだからこそ、新鮮で楽しいんだ」「息子の言うことも分かる。でも私の人生は私のものだ」「周りにどう思われても、この気持ちは本物だ」。

最終的に彼は、自分の気持ちに正直になることを選びました。息子には「お父さんはもう70歳を超えた。残りの人生、自分の心に従って生きたい」と伝えたそうです。息子は最初は戸惑っていましたが、父親の真剣な表情を見て、最後には「お父さんが幸せならいいよ」と言ってくれたとのこと。

恋愛心理学では、「物好きな人」は「冒険型恋愛スタイル」に分類されるそうです。安定よりも刺激や新鮮さを優先するタイプ。でもね、私たち世代にとって、この「冒険」というのは、とても大切なんじゃないでしょうか。

定年退職して、子育ても終わって、やっと自分の時間ができた。でも毎日同じことの繰り返しでは、心が錆びついてしまいます。新しい恋愛という「冒険」は、人生に彩りを与えてくれる。それが「物好き」と言われるような恋愛だとしても、チャレンジする価値はあると思います。

ギャップ効果という言葉もあります。周囲から「なぜあの人を選んだの?」と不思議がられる相手でも、本人にとっては「他にない魅力」があるんです。そのギャップこそが、恋愛を深く、強いものにしてくれます。

例えば、経済的に裕福ではないけれど、心の豊かさを持っている人。見た目は地味だけれど、話をすると知的で面白い人。社交的ではないけれど、二人きりになると優しくて温かい人。こういった「隠れた魅力」に気づけるのは、人生経験を積んだ私たちだからこそかもしれません。

社会的なイメージとして、「物好き」な恋愛は「奇特」「変わり者」と見られやすいです。でも実際は、「自分の価値観に忠実な選択」なんですよね。若い頃は、親や友人や世間の価値観に合わせて生きてきたかもしれません。でも今は、自分自身の価値観を大切にできる年齢です。

進化心理学的な視点も興味深いです。人類は「多様な相手を選ぶ」ことで、遺伝子の多様性を確保してきたそうです。つまり、「みんなと同じ」を選ぶより、「自分だけの特別」を選ぶ方が、生物学的にも意味があるということ。「物好き」な選択は、実は本能に従った自然な行動なのかもしれません。

別の体験談もご紹介します。68歳の女性が、海外に住む日本人男性とインターネットを通じて知り合い、遠距離恋愛を始めたそうです。周囲からは「この年で遠距離恋愛なんて、物好きね」「会えないのに意味があるの?」と言われました。

でも彼女にとって、この恋愛は人生の宝物になったと言います。毎日のメールのやり取り、週に一度のビデオ通話。言葉を交わすたびに心が弾む感覚は、まるで少女に戻ったよう。年に一度は相手の国を訪れて、一緒に過ごす時間は何にも代えがたい幸せだったそうです。

彼女はこう語っていました。「若い頃は、すぐに会える距離の人としか付き合えないと思っていた。でも今は、心の距離の方が大切だと分かる。物理的な距離があっても、心が通じ合っていれば幸せなんだ」と。

「物好き」な恋愛のプラス面は、たくさんあります。まず、他人に左右されない自由な恋愛ができること。周囲の目を気にせず、本当に自分が好きな人を選べる。これは若い頃にはなかなかできなかったことです。

次に、普通では得られない刺激や成長を体験できること。年齢差のある相手からは若い感性を学べるし、異なる文化背景を持つ相手からは新しい価値観を得られる。人生の終盤に入ってもなお、成長し続けられるんです。

そして、相手の個性を尊重する力が育つこと。「普通じゃない」相手を選ぶということは、相手の個性を丸ごと受け入れるということ。若い頃は「こうあるべき」と型にはめようとしたかもしれませんが、今は「この人はこの人」と受け入れられる心の余裕があります。

もちろん、マイナス面もあります。周囲から理解されにくいこと。家族や友人から心配されたり、反対されたりすることもあるでしょう。それが時には孤独感や罪悪感を生むこともあります。

相手の欠点に振り回されやすいという面もあります。「普通じゃない」相手には、それなりの理由があることも。経済的な問題、健康上の問題、性格的な癖など、若い頃なら避けていたかもしれない要素を抱えている場合もあります。

長期的に安定しにくい場合もあるかもしれません。特に年齢差が大きい恋愛では、将来的な介護の問題や、お互いの体力の違いが課題になることも。でも、それも含めて受け入れる覚悟があるなら、それは本物の愛だと言えるんじゃないでしょうか。

別の女性の話もしましょう。彼女は72歳で、見た目がいかつい、いわゆる「強面」の男性と付き合い始めました。周囲からは「怖そうな人だね、物好きね」と言われたそうです。

でも実際に付き合ってみると、その男性は誰よりも優しく、誠実で、彼女を大切にしてくれる人でした。見た目と中身のギャップに、彼女はますます魅力を感じたそうです。「人は見た目じゃない」という言葉の本当の意味を、この年齢になって実感したと言います。

古典文学や歌舞伎でも、「物好きな恋愛」はよく描かれてきました。周囲に理解されない愛が、ドラマを生み出してきたんです。それは日本だけでなく、世界中の文学作品に共通するテーマ。つまり、「物好き」な恋愛は、人類普遍のロマンなのかもしれません。

大切なのは、周囲の評価ではなく、自分が幸せかどうかです。「物好き」と言われても、毎日が楽しくて、心が満たされていて、笑顔で過ごせているなら、それが正解なんです。

人生の残り時間を、他人の価値観に合わせて生きるのか、それとも自分の心に従って生きるのか。選択権は、あなた自身にあります。若い頃はできなかった自由な選択が、今ならできるんです。

「物好き」と言われることを恐れないでください。むしろ誇りに思ってください。それは、あなたが自分の人生を自分で決めている証拠です。周囲の目より、自分の心を優先できる強さを持っている証拠です。

人生の後半に訪れる恋愛は、若い頃の恋愛とは違う深みと豊かさがあります。「物好き」と言われるような選択こそが、実は最も自分らしい、最も幸せな選択かもしれません。

あなたの人生は、あなたのもの。誰に何を言われようと、あなたが幸せならそれでいいんです。心から愛する人と、残りの人生を共に歩む。それ以上に素晴らしいことがあるでしょうか。

「物好き」という言葉を、勲章のように受け止めましょう。それは「自分らしく生きている」という証なのですから。