人生も後半に差し掛かって、ふと気づくことがあります。「あれ、私の心の拠り所って、今どこにあるんだろう」と。配偶者を亡くされた方、子どもたちが独立して家を出た方、定年退職で長年の仕事を離れた方。それぞれの理由で、心にぽっかりと穴が開いたような感覚を覚えることがあるんですよね。
若い頃は忙しさに紛れていた心の問題が、時間に余裕ができた今だからこそ、はっきりと見えてくる。「これからの人生、何を支えに生きていけばいいんだろう」。そんな不安を抱えているあなたに、今日はそっと寄り添いながら、心の拠り所を見つけるヒントをお話ししたいと思います。
シニア世代だからこそ感じる心の空虚感
60代、70代になって感じる孤独や不安は、若い頃のそれとは質が違います。長い人生を歩んできたからこそ、失ったものの重みも大きいんですよね。
例えば、40年以上連れ添った配偶者との別れ。朝起きて隣に誰もいない寂しさ、夕食を一人で食べる虚しさ。「おはよう」と言う相手がいない朝の静けさは、言葉にできないほど辛いものです。一緒に歩んできた人生の半分が、突然なくなってしまったような感覚。それは、若い人の失恋とは全く違う、深い喪失感です。
あるいは、子育てが終わった後の空虚感。30年以上、子どものことを第一に考えて生きてきたのに、子どもたちは自分の人生を歩み始めた。もちろん嬉しい。でも同時に、「私の役割って、もう終わったのかな」という寂しさが押し寄せてくる。孫の世話をする時間は楽しいけれど、それも一時的なこと。自分自身の人生の意味を、改めて考えざるを得なくなります。
定年退職も大きな転機です。毎朝決まった時間に起きて、電車に乗って、職場に行く。その繰り返しが35年、40年続いた後、突然それがなくなる。「お疲れ様でした」と送り出されて、翌日から何をしていいか分からない。会社という拠り所を失って、自分がまるで社会から切り離されたように感じてしまうんです。
これらの感情は、決して珍しいものではありません。多くのシニアの方が、同じような経験をされています。だから、「こんなことで落ち込んでいる自分は弱い」なんて思わないでください。長い人生を真剣に生きてきたからこそ、感じる正当な感情なんですから。
まずは今の気持ちを認めてあげる
心の拠り所がないと感じた時、多くの方が「こんなことで落ち込んではいけない」「もっと強くならなきゃ」と自分を責めてしまいます。でも、それは逆効果なんです。まずは、「今、私は寂しいんだ」「不安なんだ」と、素直に認めてあげることから始めましょう。
70代の女性の話です。夫を亡くして半年、周りからは「もう元気になった?」と聞かれる日々。本当は毎日泣きたいほど寂しいのに、「大丈夫、元気よ」と笑顔で答えていました。でもある日、久しぶりに会った学生時代の友人に「辛いんでしょう?無理しないでいいのよ」と言われて、堰を切ったように涙が溢れたそうです。
「ずっと『大丈夫』って言い続けていたけど、全然大丈夫じゃなかった。でも、みんなに心配かけたくなくて。その友人に『辛い』って言っていいんだと教えてもらって、初めて自分の本当の気持ちに向き合えました」と彼女は話してくれました。
感情を認めるための簡単な方法として、日記をつけることをおすすめします。スマホのメモでも、昔ながらのノートでも構いません。「今日はこんな気持ちだった」「こんなことが寂しかった」と書き出すだけでいいんです。誰に見せるわけでもない。自分の感情と向き合うための、大切な時間です。
小さな日課が心の支えになる
心の拠り所を失った時、生活のリズムも崩れがちです。特に定年退職後や配偶者を亡くした後は、「何時に起きても、何をしてもいい」という自由が、逆に不安を生むことがあります。そんな時こそ、小さな日課を作ることが大切です。
65歳の男性は、定年退職後、毎朝6時に起きることだけを決めました。そして、近所の公園を30分散歩する。ただそれだけです。最初は「こんなことで何が変わるんだ」と思っていたそうですが、1ヶ月続けると、その朝の散歩が楽しみになってきました。公園で会う同じ時間帯の人たちと挨拶を交わすようになり、時々立ち話もする。そうしているうちに、「明日も散歩に行こう」という小さな楽しみが、彼の心を支えるようになったんです。
ここで、ちょっと面白い話を挟ませてください。高齢者の生活習慣を研究している大学の先生から聞いた話なんですが、シニア世代で生き生きとされている方々には、ある共通点があるそうなんです。それは「お気に入りの茶碗やカップを持っている」こと。毎朝、そのお気に入りの器でお茶を飲む。そのちょっとした儀式が、一日の始まりを特別なものにするんだそうです。人間って、どの年代でも、小さなこだわりや楽しみが心を豊かにするんですね。
日課は何でもいいんです。朝のコーヒー、ラジオ体操、花の水やり、新聞を隅々まで読むこと。大切なのは、「これをする時間」という小さな区切りを生活の中に作ること。その積み重ねが、漠然とした不安を和らげてくれます。
新しいことに挑戦する勇気
「もうこの歳で新しいことなんて」と思われるかもしれません。でも、実は60代、70代からでも、新しい世界は広がるんです。むしろ、時間に余裕があるからこそ、若い頃にはできなかったことに挑戦できる。そう考えてみてはどうでしょうか。
68歳の女性は、子育てと介護に追われた人生を送ってきました。夫が亡くなり、子どもたちも独立して、初めて自分だけの時間ができた時、「私、何がしたかったんだろう」と考えました。そして思い出したのが、若い頃に憧れていた書道です。
「もう手も震えるし、今更うまくなるわけじゃない」と迷いましたが、思い切って地域の書道教室に通い始めました。最初は筆の持ち方もおぼつかなかったけれど、週に一度、墨の香りに包まれながら筆を走らせる時間が、彼女の心の拠り所になっていきました。「完成した作品を孫に見せると喜んでくれるの。『おばあちゃん、すごい!』って。それが嬉しくてね」と目を細めて話す彼女の表情は、本当に輝いていました。
料理教室、カラオケサークル、スマホ教室、園芸クラブ。探せば、シニア向けの教室やサークルはたくさんあります。最初の一歩を踏み出すのは勇気がいるかもしれません。でも、その一歩が、新しい人生の扉を開いてくれることもあるんです。
人との繋がりを大切に育てる
歳を重ねると、どうしても人間関係が狭くなっていきます。職場の人間関係はなくなり、古い友人は遠方に住んでいたり、健康上の理由で会えなくなったり。気づけば、家族以外と会話することが減っている。そんな方も多いのではないでしょうか。
でも、人は一人では生きていけません。特にシニア世代にとって、人との繋がりは心の栄養になります。だから、意識して人と関わる時間を作ることが大切なんです。
72歳の男性は、妻を亡くして以来、一人暮らしをしています。最初の頃は、誰とも話さない日が続き、「このまま孤独死するんじゃないか」という不安に苛まれていました。でもある日、近所のボランティアセンターのポスターを見て、思い切って参加してみることにしました。
そこでは、公園の掃除や子どもの見守り活動をしています。最初は緊張したけれど、同世代の仲間と一緒に活動しているうちに、自然と会話が生まれました。活動の後のお茶の時間が楽しみになり、「来週も会おうね」と約束する友人ができました。「誰かと約束する。それだけで、生きる張り合いが出てくるんだね」と彼は言います。
人との繋がりは、新しく作ることもできますが、古い繋がりを温め直すこともできます。学生時代の友人に手紙を書いてみる、年賀状だけの関係だった人に電話してみる。そんな小さな一歩が、心を温めてくれることもあります。
自分を大切にする時間を持つ
長い人生、ずっと誰かのために生きてきた方も多いでしょう。子どものため、家族のため、会社のため。それはとても素晴らしいことです。でも、これからは自分のための時間を持ってもいいんです。いえ、持つべきなんです。
自分を大切にするって、何も贅沢をすることじゃありません。好きな音楽を聴く、好きな本を読む、好きなお茶を淹れてゆっくり飲む。そういう小さな「自分へのご褒美」が、心を満たしてくれます。
70代の女性は、毎週日曜日の午後を「自分時間」と決めています。その時間は、誰にも邪魔されず、好きなことをする。お気に入りのカフェでケーキを食べることもあれば、図書館で本を読むこともある。孫から誘われても、「日曜日はおばあちゃんの時間だから、他の日にね」と断ります。
「最初は罪悪感があったの。孫の誘いを断るなんて、悪いおばあちゃんだって。でも、自分の時間を持つようになってから、他の日は前よりも笑顔で孫と遊べるようになった。自分が満たされていると、人にも優しくなれるのね」と彼女は言います。
お風呂にゆっくり浸かる、好きな映画を見る、昼寝をする。何でもいいんです。「これは私の時間」という区切りを作ることで、心に余裕が生まれます。
心の声に耳を傾ける専門家の力
もし、心の拠り所がない状態が長く続いて、眠れない、食欲がない、何もする気が起きないという状態になっているなら、専門家の力を借りることも考えてみてください。「カウンセリングなんて、若い人が行くものでしょう」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
近年、シニア向けのカウンセリングサービスも増えています。配偶者との死別、退職後の喪失感、老いへの不安。そういった、シニア世代特有の悩みに寄り添ってくれる専門家がいるんです。
75歳の男性は、妻との死別後、うつ状態になりました。でも「この歳でカウンセリングなんて恥ずかしい」と躊躇していました。そんな時、かかりつけ医が「話を聞いてもらうだけでも楽になりますよ」と紹介状を書いてくれたそうです。
最初のカウンセリングでは何を話していいか分からなかったけれど、カウンセラーが優しく話を引き出してくれました。妻との思い出、感謝の気持ち、そして罪悪感。今まで誰にも言えなかった感情を吐き出すことができ、「涙が止まらなかったけど、帰り道は心が軽くなっていました」と言います。
専門家に頼ることは、弱さではありません。むしろ、自分の心と真剣に向き合う勇気です。もし周りに相談できる人がいなかったり、どうしても気持ちが晴れない時は、地域の相談窓口や、シニア向けのオンラインカウンセリングを探してみてください。
避けるべき心の罠
心の拠り所を探す時、気をつけてほしいこともあります。
一つは、孤独を紛らわすために、やみくもに人に依存してしまうこと。寂しさから、新しく知り合った人に過度に期待したり、宗教や健康食品の勧誘に乗ってしまったり。心が弱っている時は、判断力も鈍りがちです。新しい人間関係は大切ですが、焦らず、ゆっくりと信頼関係を築いていくことが大切です。
もう一つは、SNSで他人と自分を比べてしまうこと。最近はシニア世代でもスマホを使う方が増えていますよね。FacebookやInstagramで、友人たちの楽しそうな投稿を見ては、「みんな幸せそうなのに、私だけ…」と落ち込んでしまう。でも、SNSに載るのは人生のハイライトだけ。誰もが、表には出さない悩みや寂しさを抱えているものです。
そして、無理に「前向きにならなきゃ」と自分を追い込まないこと。落ち込む日があってもいい。何もしたくない日があってもいい。それも人生です。焦らず、自分のペースで、少しずつ前に進んでいけば大丈夫です。