シニアからのはるめくせかい

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どうして自分だけが祝われないのか、理由と、どうすれば気持ちよく誕生日を迎えられるのか

毎年、ご主人やお子さん、お孫さんの誕生日には心を込めてお祝いをしているのに、自分の誕生日になると誰も何も言ってくれない。そんな経験、ありませんか。朝起きて、「今日は私の誕生日なんだけどな」と思いながら、いつもと変わらない一日が過ぎていく。夕方になっても誰からも連絡がなくて、なんだか胸がキュッと締め付けられるような、そんな寂しい気持ちになること、ありますよね。

特に長年連れ添った夫婦の間では、「もう何十年も一緒にいるんだから、わかってくれてるはず」という期待と、「でも何も言ってくれない」という現実のギャップに、やるせない気持ちになることも多いのではないでしょうか。

今日は、どうして自分だけが祝われないのか、その理由と、どうすれば気持ちよく誕生日を迎えられるのか、ゆっくりとお話ししていきたいと思います。

まず、相手が誕生日を祝ってくれない理由として、一番多いのが「単純に忘れている」というケースなんです。「そんなはずない、結婚して四十年も経つのに」と思われるかもしれませんが、実はこれが意外と多いんですね。

特にご主人の場合、日々の生活に追われていると、カレンダーを見ても日付を意識しなくなってしまうことがあります。若い頃は覚えていたのに、年齢を重ねると記憶力も少しずつ変わってきます。これはご本人も自覚していないことが多く、悪気があるわけでは決してないんです。

七十代の女性の話を聞いたことがあります。彼女は夫の誕生日には毎年、夫の好物を作ってお祝いしていました。赤飯を炊いて、お刺身を買ってきて、ささやかながら食卓を華やかにする。でも、自分の誕生日になると、夫は何も言わない。プレゼントどころか、「おめでとう」の一言もない。

最初の数年は我慢していたそうです。「男の人はこういうの苦手だから」「自分のことは自分で祝えばいい」と。でも十年、二十年と続くうちに、だんだんと寂しさが募ってきました。「私はこんなに頑張って祝ってるのに、どうして私のことは」という気持ちが、胸の中でどんどん大きくなっていったんですね。

そしてある年、とうとう我慢できなくなって、誕生日の翌日に夫に言ったそうです。「昨日、私の誕生日だったんだけど、覚えてた?」と。すると夫は驚いた顔をして、「えっ、そうだったの?ごめん、全然気づかなかった」と本当に申し訳なさそうに謝ったそうです。

夫は悪気があったわけではなく、本当に忘れていただけだった。それを知った彼女は、怒りよりも「ああ、言わなきゃわからないんだ」という気づきがあったそうです。

次に多い理由が「価値観の違い」です。これはシニア世代には特に当てはまることが多いんですね。

昔の日本では、誕生日を盛大に祝う習慣が今ほど一般的ではありませんでした。特に戦中戦後を経験された世代の方々は、誕生日どころではない環境で育ってきた方も多いでしょう。そういう時代を生きてこられた方にとって、誕生日は「特別な日」という感覚が薄いことがあるんです。

八十代の男性が、こんなことを言っていました。「自分が子どもの頃は、誕生日なんて祝ってもらった記憶がない。赤飯を炊いてもらえたら良い方だった。だから妻の誕生日も、何をすればいいのかよくわからない」と。

この方の場合、奥さまの誕生日を祝いたくないわけではないんです。ただ、どう祝えばいいのか、何をすれば喜んでもらえるのかが、わからないだけなんですね。自分が経験してこなかったことは、なかなかイメージできないものです。

また、「もう年なんだから、誕生日なんて」という気持ちを持っている方もいらっしゃいます。若い頃は誕生日が嬉しかったけど、年齢を重ねるにつれて、誕生日を迎えることが複雑な気持ちになってくる。「また一つ年を取った」という感覚が強くなって、むしろ誕生日を意識したくないという方もいるんですね。

でも、祝われる側の気持ちは違います。何歳になっても、「おめでとう」と言ってもらえるのは嬉しいものです。自分の存在を認めてもらえている、大切にされていると感じられる瞬間なんですよね。

ここで少し違う角度の話をしますと、面白いことに昔の日本には「数え年」という独特の年齢の数え方がありました。生まれた時を一歳として、お正月が来るたびにみんな一斉に歳を取るという考え方です。つまり、個人の誕生日ではなく、お正月がみんなの「年を取る日」だったわけです。ですから、誕生日を個別に祝うという習慣が定着したのは、実は戦後になってからなんですね。この歴史を知ると、年配の方が誕生日をあまり重要視しない理由も、少し理解できる気がしませんか。

さて、三つ目の理由として考えられるのが、「関係性の変化」です。これは少し胸が痛む話かもしれませんが、大切なことなのでお伝えしますね。

長年連れ添った夫婦の間では、どうしても「慣れ」や「甘え」が出てきます。「言わなくてもわかってくれる」「いつも一緒にいるから大丈夫」という安心感が、逆に相手への配慮を忘れさせてしまうことがあるんです。

特に定年退職して家にいる時間が長くなると、お互いの存在が「空気」のようになってしまい、改めて感謝の気持ちを伝えたり、お祝いをしたりすることが減ってくることがあります。これは決して愛情がなくなったわけではなく、あまりにも身近すぎて、特別なことをしなくなってしまうんですね。

六十代の女性が、こんな経験を話してくれました。結婚してから三十年間、夫は毎年誕生日にカーネーションの花束をプレゼントしてくれていたそうです。ところが夫が定年退職してから、その習慣がぱったりと途絶えてしまった。

最初は「忙しくないのになぜ」と不思議に思い、やがて寂しさに変わり、そして怒りさえ感じるようになったそうです。「三十年も続けてきたのに、どうして急にやめるの」と。

でも、ある日勇気を出して夫に聞いてみたら、意外な答えが返ってきました。「毎日一緒にいるから、誕生日だけ特別にする必要がないかなと思って。毎日が記念日みたいなものだろう」と。

夫なりの愛情表現だったわけですが、妻にはそれが伝わっていなかった。この夫婦は、その後じっくり話し合って、「毎日一緒にいても、誕生日は特別な日として大切にしたい」という気持ちを共有できたそうです。

お子さんやお孫さんとの関係でも、似たようなことが起こります。子どもたちが小さい頃は、「ママのお誕生日!」「おばあちゃんおめでとう!」と、無邪気に祝ってくれたのに、成長して独立してからは連絡さえ来ない。そんな経験、ありませんか。

これは子どもたちが忘れているというよりも、自分の生活で手いっぱいになっているケースが多いんです。仕事に追われ、自分の家族のことで精いっぱいで、親の誕生日まで気が回らない。特に働き盛りの四十代、五十代は、上司と部下の板挟みになったり、子どもの教育費に悩んだり、本当に余裕がないんですね。

でも、親としては寂しいですよね。「あんなに一生懸命育てたのに」「自分は子どもの誕生日を一度も忘れたことがないのに」という気持ちになるのも当然です。

ただ、ここで大切なのは、「祝ってくれない=愛情がない」と決めつけないことなんです。多くの場合、単純に忙しくて忘れているだけ、あるいは親ならわかってくれると甘えているだけなんですね。

では、どうすればいいのでしょうか。具体的な対処法をお話ししていきましょう。

まず一番大切なのは、「自分の気持ちを素直に伝える」ことです。これがシニア世代には一番難しいかもしれません。「こんなこと言ったら、わがままだと思われるかな」「自分から『祝って』なんて恥ずかしい」と感じる方も多いでしょう。

でも、言わなければ相手は気づきません。特に男性は、女性が思っているほど細やかな気配りが苦手な方が多いんです。これは脳の構造的な違いも関係していて、責めても仕方のないことなんですね。

伝え方にはコツがあります。「どうして祝ってくれないの!」と責めるのではなく、「私は誕生日を祝ってもらえると嬉しいの」と自分の気持ちとして伝える。そして、「あなたの誕生日を祝うのが好きなように、私も祝ってほしいな」と穏やかに話すんです。

七十五歳の女性が実践した方法をご紹介しますね。彼女は長年、夫に誕生日を祝ってもらえないことに悩んでいました。でも、ある年の誕生日の一週間前に、夫にこう言ったそうです。

「来週の水曜日、私の誕生日なの。もう七十五歳になるのよ。人生も残り少なくなってきたから、これからは誕生日を大切に過ごしたいと思ってるの。だから、その日は二人で外食に行きたいんだけど、いいかしら」

彼女は「祝って」とは言わずに、「一緒に過ごしたい」という形で伝えたんです。すると夫は「そうか、もうそんな歳になるのか。それは確かに大事な日だな」と、当日はちゃんとレストランを予約して、娘夫婦も呼んで、素敵な誕生日会をしてくれたそうです。

この話のポイントは、一週間前に「予告」したことと、「人生の残り時間」という言葉を使ったことです。年齢を重ねたからこそ使える、説得力のある言葉ですよね。

次に大切なのが、「期待しすぎない」という心構えです。これは諦めるという意味ではなく、相手に過度な期待をかけないということなんです。

人はそれぞれ、誕生日に対する価値観が違います。盛大に祝ってほしい人もいれば、ささやかでいい人もいる。「おめでとう」の一言だけで十分という人もいれば、プレゼントがほしい人もいる。自分の期待と相手の価値観が違うのは当たり前なんですね。

ですから、「こうしてほしい」という具体的な希望があるなら、それを伝える。そして、相手ができる範囲でやってくれたら、それを素直に喜ぶ。完璧を求めず、相手の気持ちを受け取る姿勢が大切なんです。

六十八歳の男性が、こんな話をしてくれました。奥さまは毎年、彼の誕生日に手の込んだ料理を作ってくれていたそうです。彼も奥さまの誕生日には何かしなければと思い、数年前からケーキを買ってくるようにしたとか。

最初は「ケーキだけ?」という顔をされたそうですが、奥さまはすぐに気持ちを切り替えて、「ありがとう、嬉しいわ」と笑顔で受け取ってくれるようになった。そして今では、そのケーキを囲んで二人でお茶を飲む時間が、お互いにとって大切なひとときになっているそうです。

「妻は本当は手作り料理を期待していたかもしれない。でも、僕にはそれができない。ケーキを買ってくることが精いっぱい。妻はそれをわかって、僕なりの誠意を受け取ってくれている」と、彼は感謝の気持ちを話していました。

また、「自分から誕生日を楽しむ」という考え方も大切です。誰かに祝ってもらうのを待つのではなく、自分で自分を祝ってあげるんです。

好きなケーキを買ってきて、好きな音楽を聴きながら、ゆっくりお茶を飲む。前から欲しかった洋服を自分へのプレゼントとして買う。図書館で好きな本を借りてきて、一日中読書を楽しむ。そういう「自分を大切にする時間」として、誕生日を過ごすんです。

これは決して寂しいことではありません。むしろ、自分で自分の機嫌を取れるというのは、とても健康的なことなんですね。人に依存せず、自分の幸せを自分で作り出せる。それって、素晴らしいことだと思いませんか。

そして、子どもやお孫さんに対しては、「祝ってほしい」と直接伝えるのも一つの方法です。「おばあちゃん、来週誕生日なんだけど、電話でもいいから声聞かせてね」と、さりげなく伝えておく。

今の若い世代は、親世代が思っているより、ずっと素直に応えてくれるものです。「あ、そうか、ちゃんと連絡しなきゃいけないんだ」と気づいてくれることが多いんですね。

ある七十二歳の女性は、自分の誕生日の前日に、娘や息子にLINEで「明日は母の誕生日です。お祝いメッセージお待ちしております」と、冗談めかして送ったそうです。すると、普段は忙しくて連絡をよこさない子どもたちから、翌日には全員から丁寧なメッセージが届き、孫たちからも動画が送られてきたとか。

「最初は図々しいかなと思ったけど、送ってよかった。子どもたちも『ごめん、今年こそ忘れないようにカレンダーに登録したよ』って言ってくれて、それからは毎年連絡が来るようになった」と、嬉しそうに話していました。