70歳を迎えた今、振り返ってみると人生というのは本当に不思議な出会いと別れの連続だったなと思います。若い頃には理解できなかった「人との相性」というものが、年を重ねるにつれてはっきりと見えてくるようになりました。今日は、私が30代の頃に体験した恋愛を通して学んだ「直感の大切さ」について、そして人生の後半戦を歩む皆さまに知っていただきたい、本当に大切な人間関係の築き方についてお話ししたいと思います。
私がこの「直感」の重要性に気づいたのは、確か33歳の秋のことでした。当時の私は都内の小さな出版社で編集の仕事をしており、毎日忙しい日々を送っていました。結婚のことも意識し始める年齢で、周囲からは「そろそろ良い人を見つけないと」という声も聞こえ始めていた頃です。
その頃、同じ会社の営業部に勤める男性と知り合いました。彼は私より2歳年上で、大学も同じ、趣味も読書と映画鑑賞という共通点があり、周囲からは「お似合いのカップル」とよく言われていました。実際、初めて二人でお茶を飲んだ時から話が弾み、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
彼は知識も豊富で、私が興味を持っている文学作品について熱心に語ってくれたり、最新の映画情報を教えてくれたりと、会話には全く困りませんでした。見た目も清潔感があり、同僚たちからも「良い人ね」と評判の男性でした。理屈で考えれば、これ以上ないほど条件の整った相手だったのです。
しかし、なぜか私の心の奥底では、小さな違和感のようなものがくすぶっていました。それは言葉で表現するのが難しい、とても微妙な感覚でした。まるで、よく仕立てられた服を着ているけれど、サイズが微妙に合っていないような、そんな居心地の悪さを感じていたのです。
お付き合いが始まって数ヶ月が経つ頃、その違和感はより具体的な形で現れ始めました。彼と一緒にいるとき、なぜか本当の自分を出せない感覚があったのです。彼が求める「理想的な女性像」に合わせようとして、無意識のうちに演技をしているような気分になっていました。
例えば、私は元来かなりおおざっぱな性格で、部屋の片付けなどもあまり得意ではありませんでした。しかし、彼はとても几帳面で整理整頓が好きな人だったので、彼の前では「きちんとした女性」を演じようとしていました。また、私は時々感情的になることもあるのですが、彼は常に冷静で論理的な人だったので、感情を表に出すことを控えるようになっていました。
ある日の夕方、私たちは銀座のレストランで食事をしていました。窓際の席から見える街並みは美しく、料理も美味しく、客観的に見れば完璧なデートでした。しかし、私は なぜか心からくつろげずにいました。彼が丁寧に料理の説明をしてくれたり、今度の休日の計画を立ててくれたりしているのに、どこか他人事のような気分でした。
その時、隣のテーブルに座っていた老夫婦の会話が耳に入ってきました。おじいさんが「今日の君は特に美しいね」と言うと、おばあさんが「まあ、嬉しい」と言って、二人とも自然な笑顔を浮かべていました。その瞬間、私は自分と彼との間に、あの老夫婦のような自然な温かさがないことに気づいたのです。
帰り道、彼が私の手を握ってくれましたが、その手の温もりがなぜかとても遠く感じられました。彼は優しく私の頬にキスをしてくれましたが、心がときめくよりも、どこか義務的な気持ちになってしまいました。その夜、一人になってベッドに横たわったとき、私は心の中で正直に認めました。「この人とは長続きしない」と。
その直感は的中しました。お付き合いを始めて半年ほど経った頃、自然と私たちの間には距離ができていました。決定的な喧嘩があったわけでも、大きな問題が起きたわけでもありません。ただ、お互いに「何か違う」という感覚が強くなっていったのです。
最終的に、私たちは穏やかに別れることになりました。彼は「君は良い人だけれど、僕にはもっと違うタイプの人が合うのかもしれない」と言い、私も「私もそう思う」と素直に答えました。不思議なことに、別れた後はお互いにほっとしたような気持ちになったのを覚えています。
それから2年後、私は現在の夫となる男性と出会いました。出会いの場所は、実に平凡な図書館でした。私は当時、仕事で古い文献を調べる必要があり、都立図書館の閲覧室で資料と格闘していました。隣の席に座っていた男性が、私が探していた資料について教えてくれたのがきっかけでした。
彼は私より4歳年上の中学校教師で、歴史を専門にしていました。見た目は特に目立つというわけではなく、どちらかといえば地味な印象の男性でした。服装もシンプルで、眼鏡をかけた真面目そうな外見でした。前の彼氏のようなスマートさや華やかさはありませんでしたが、なぜか最初から「この人となら気を遣わずに話せそう」という気持ちになりました。
図書館の休憩コーナーでコーヒーを飲みながら話をしているうちに、私は不思議なほどリラックスしている自分に気づきました。彼は私の話を丁寧に聞いてくれ、決して否定することなく、時々「それは面白いですね」と相槌を打ってくれました。私も自然体でいられ、いつものように感情豊かに話すことができました。
特に印象的だったのは、私が仕事でうまくいかなかった話をした時のことです。私は上司との意見の相違で少し落ち込んでいた時期だったのですが、彼は「それは大変でしたね」と共感してくれた後、「でも、あなたの考えも一理あると思いますよ」と言ってくれました。前の彼氏なら「もっと冷静に対処すべきだった」とアドバイスしてきたところですが、彼はまず私の気持ちを受け止めてくれたのです。
ここで少し余談になりますが、面白いことに人間の直感というのは、言葉以外の情報を瞬時に処理して判断を下すことがあるそうです。例えば、相手の話し方のテンポ、息づかい、目の動き、体の向きなど、無意識のうちに相手との相性を判断しているのです。実際、彼と話している時の私は、相手のペースに合わせようと意識的に努力する必要がありませんでした。まるで長年の友人と話しているような、自然なリズムで会話ができたのです。これは後になって考えてみると、私たちの基本的な性格やコミュニケーションスタイルが根本的に相性が良かったからなのでしょう。
初めてのデートは、彼の提案で上野の国立博物館に行きました。私は正直なところ、それほど歴史に詳しくありませんでしたが、彼の説明を聞いているうちに、古い土器や絵画が生き生きとした物語を語りかけてくるような気持ちになりました。彼は決して知識をひけらかすような話し方ではなく、「これ、面白いと思いませんか」と私の反応を確かめながら説明してくれました。
博物館の後、上野公園のベンチに座ってお弁当を食べました。春の暖かい日差しの中で、彼が用意してくれた手作りのサンドイッチを頬張りながら、私は心の底からくつろいでいる自分に気づきました。前の彼氏との高級レストランでのディナーよりも、この何気ない時間の方がずっと幸せに感じられたのです。
帰り道、私は彼と別れたくないという強い気持ちに襲われました。「この人ともっと話していたい」「明日も会いたい」という気持ちが、胸の奥からこみ上げてきました。これは前の彼氏との時には感じたことのない、新鮮で強い感情でした。
電車の中で、私は彼の横顔をそっと眺めていました。決してハンサムとは言えない顔立ちでしたが、なぜかとても安心できる表情をしていました。その時、私の心の中ではっきりとした確信が生まれました。「この人となら、本当の自分でいられる」と。
お付き合いが始まってからも、その直感は的中し続けました。私たちの間には確かに価値観の違いもありました。私は衝動的に行動することが多いのに対し、彼は慎重に計画を立てるタイプでした。私は新しいことにチャレンジするのが好きでしたが、彼は安定を求める傾向がありました。音楽の好みも全く違いましたし、食べ物の好みも合わないことが多々ありました。
しかし、そうした違いが私たちの関係を壊すことはありませんでした。むしろ、お互いの違いを面白がり、新しい発見の機会として楽しむことができました。私が突然「今度の週末、温泉に行きたい」と言い出した時も、彼は「どこか良いところを調べてみますね」と笑顔で応えてくれました。彼が「この本、面白いから読んでみませんか」と歴史小説を勧めてくれた時も、私は素直に「読んでみる」と答えることができました。
何より素晴らしかったのは、意見が食い違った時の対応でした。私が感情的になってしまった時も、彼は決して私を否定することなく、「なるほど、そう考える理由があるんですね」と私の気持ちを理解しようとしてくれました。一方、彼が頑固になった時も、私は彼の考えを尊重しながら、自分の意見を伝えることができました。
例えば、結婚について話し合った時のことです。私は比較的早い時期に結婚したいと思っていましたが、彼はもう少し時間をかけて関係を深めたいと考えていました。以前の私なら、相手の考えに合わせるか、感情的に反発するかのどちらかだったでしょう。しかし、彼とは冷静に話し合うことができました。
「私は早く結婚したいと思っているけれど、あなたの気持ちも分かる。でも、私の不安も聞いてもらえる?」と私が言うと、彼は「もちろんです。あなたの気持ちをちゃんと聞かせてください」と答えてくれました。そして、私たちは互いの不安や期待について、何時間もかけて話し合いました。
その結果、私たちは互いの気持ちを理解し合い、二人にとって最適なタイミングを見つけることができました。私は彼のペースを尊重し、彼は私の不安を理解して、定期的に将来について話し合うことを約束してくれました。このような話し合いができることこそが、本当に合う人との関係なのだと実感しました。
今、私たちは結婚して40年近くになります。この長い年月の間には、様々な困難もありました。子育ての悩み、仕事のストレス、両親の介護、健康の問題など、人生にはたくさんの試練が待っていました。しかし、そのたびに私たちは力を合わせて乗り越えてきました。
特に印象的だったのは、私が40代の頃に患った病気の時のことです。手術が必要な状況で、私は不安と恐怖でいっぱいでした。その時、夫は仕事を調整して毎日病院に付き添ってくれました。決して大げさな慰めの言葉をかけるのではなく、ただ静かに私の手を握っていてくれました。「大丈夫、一緒に頑張ろう」という彼の存在が、どれほど心強かったか分かりません。
また、夫が50代の頃にリストラに遭った時も、私たちは協力して困難を乗り越えました。夫は誇りを傷つけられ、自信を失いかけていましたが、私は彼の良さを信じて支え続けました。「あなたなら大丈夫」という気持ちが自然に湧いてきたのは、やはり心の底から彼を信頼していたからだと思います。
そんな経験を重ねる中で、私は「本当に合う人」というのがどういう人なのか、だんだんと分かってきました。それは、完璧な相手ではありません。価値観がすべて一致する人でもありません。むしろ、お互いの不完璧さを受け入れ合える人、困難な時にも支え合える人、何より一緒にいて自然体でいられる人なのです。
70歳になった今、私は人生の後半戦を歩む皆さまに、ぜひお伝えしたいことがあります。それは、人間関係において「直感」を大切にしてほしいということです。これは恋愛関係に限ったことではありません。友人関係でも、ご近所付き合いでも、習い事の仲間でも同じことが言えます。
頭で考えて「この人は条件が良い」「この人と付き合うのが得」と判断するのではなく、一緒にいて心地よいかどうか、自然体でいられるかどうかを大切にしてほしいのです。特にシニア世代の私たちは、もう人生の残り時間を意識する年齢です。限られた時間を、本当に大切な人たちと過ごしていきたいものです。
また、若い頃には気づかなかったのですが、年を重ねると人を見る目が養われてきます。相手の表面的な魅力に惑わされることなく、その人の本質を見抜く力がついてくるのです。これは経験という財産があるからこそできることです。
例えば、地域のボランティア活動で知り合った方々との関係を見ていても、長続きする友情とそうでないものの違いがはっきりと分かります。表面的には楽しく会話ができても、価値観の根本的な部分で合わない人とは、やはり深い関係にはなりにくいものです。一方、最初はそれほど印象に残らなかった人でも、一緒に活動をしているうちに「この人は信頼できる」「一緒にいて心地よい」と感じるようになることもあります。
シニア世代の恋愛や再婚についても、最近では珍しいことではなくなりました。私の周りにも、配偶者を亡くされた後に新しいパートナーと出会い、第二の人生を歩んでいる方々がいらっしゃいます。そうした方々のお話を聞いていても、やはり「直感」の大切さを実感します。
「条件的には申し分ないのだけれど、なぜか心が躍らない」という方よりも、「特別ハンサムでもお金持ちでもないけれど、一緒にいると安心する」という方を選んだ方々の方が、幸せそうに見えるのです。
人生の後半戦では、外見の美しさよりも内面の優しさが、経済力よりも人間性が、華やかさよりも安らぎが重要になってくるのかもしれません。そして、そうした本質的な部分での相性は、理屈ではなく直感で感じ取ることが多いのです。
私がこの歳になって強く思うのは、人生は短いということです。だからこそ、本当に大切な人との時間を大切にしたい。そのためには、社会的な体裁や周囲の期待よりも、自分の心の声に耳を傾けることが重要だと思うのです。
もし今、新しい出会いを求めている方がいらっしゃるとしたら、ぜひ自分の直感を信じてください。「この人といると心が軽やか」「自然体でいられる」「もっと話していたい」という気持ちを大切にしてください。そして、反対に「なんとなく疲れる」「気を遣いすぎてしまう」「本当の自分を出せない」と感じるなら、たとえ条件が良くても無理をする必要はありません。
人生は一度きりです。特にシニア世代の私たちにとって、残された時間は本当に貴重です。その大切な時間を、心から信頼できる人、一緒にいて幸せを感じられる人と過ごしていただきたいと思います。
最後に、私が夫との出会いから学んだもう一つの大切なことをお伝えします。それは、「完璧な人を求めるのではなく、不完璧な者同士が支え合える関係を築く」ということです。私たちにはそれぞれ欠点があり、弱さがあります。しかし、それを隠すのではなく、お互いに受け入れ合える関係こそが、本当に幸せな関係なのだと思います。
年を重ねた今だからこそ分かる、人間関係の真の価値。それは、華やかさでもロマンチックさでもなく、日常の中にある小さな安らぎと信頼なのです。皆さまも、そんな温かい関係を大切に育んでいってくださいね。