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カップルの間で「彼女の朝帰り」が関係の危機を招くケース

人生経験を重ねた皆さんなら、きっと若い頃のパートナーとの関係で「あの時はどうしてあんなことで悩んでいたんだろう」と振り返ることがおありでしょう。しかし、現代のカップルが直面している「朝帰り問題」は、実は私たちの時代とは少し様相が違っているのです。今日は、そんな現代恋愛の一面を通して、人間関係の本質について一緒に考えてみませんか。

昭和の時代なら、恋人が朝まで外出するなんて、よほどの事情がない限り考えられませんでした。終電を逃せば歩いて帰るか、友人の家に泊めてもらうのが当たり前。連絡手段も限られていて、家の固定電話に「お疲れさまでした」の一本でも入れば御の字でした。ところが今は、24時間営業のお店も多く、深夜でもタクシーが呼べ、スマートフォンでいつでも連絡が取れる時代です。それなのに、いえ、それだからこそ生まれる新しい悩みがあるのです。

現代のカップルの間で「彼女の朝帰り」が関係の危機を招くケースが増えています。これは単なるわがままや甘えではありません。むしろ、便利になった分だけ、お互いへの期待値が高まり、ちょっとした行き違いが大きな溝を生んでしまう現象なのです。

まず、男性が「冷める瞬間」として挙げられるのは、連絡もなく深夜から翌朝まで音沙汰が途絶えたときです。皆さんも想像してみてください。夕食を一緒に食べた奥様が「ちょっと近所の○○さんのところへ」と出かけたまま、翌朝まで帰ってこない。しかも連絡も取れない。心配で眠れない夜を過ごされた経験はありませんか。それと同じ心境なのです。

特に辛いのは「終電逃したから」と毎週末同じ言い訳を聞くときです。これは、例えるなら、毎週日曜日に「急用ができたから」と約束をドタキャンされ続けるようなもの。最初は「仕方ないね」と思えても、回数を重ねるうちに「本当は私との約束なんてどうでもいいんだろうな」という気持ちが芽生えてしまうのです。

さらに心が冷える場面として、記念日や大切なイベント前夜に遊びを優先されるケースがあります。これはまさに、結婚記念日の前日に「友達とちょっと一杯」と言って深夜まで帰らないパートナーを持つのと同じ感覚です。特別な日への想いが軽く扱われたように感じ、自分の存在価値すら疑ってしまうのです。

そして最も辛いのが、朝帰りの後、何事もなかったようにいつも通り振る舞われることです。こちらが心配で一睡もできなかったのに、相手は「おはよう」の一言で済ませてしまう。まるで昨夜の出来事など存在しなかったかのように。これは、心配で夜通し起きていた親に対して「別に大丈夫だったよ」とそっけなく答える子どものような感覚に近いかもしれません。

では、なぜ男性はこのような状況で心が冷めてしまうのでしょうか。その心理を深く探ってみましょう。

まず「安心感の喪失」があります。恋人同士には、お互いを大切にしようという暗黙の約束があります。それは夫婦間の信頼関係と似ています。毎日「いってらっしゃい」「おかえりなさい」を交わす日常のリズムが、いきなり崩されてしまう。相手の行動が読めなくなると、自分の存在が軽く扱われているような気持ちになってしまうのです。

次に「疑念と不安」です。人間の想像力というのは恐ろしいもので、情報が少ないほど悪い方向に膨らんでしまいます。昔、ご主人の帰りが遅い奥様が「もしかして浮気?」と不安になったように、現代の男性も「他に好きな人がいるのでは」「自分との関係に満足していないのでは」と疑心暗鬼に陥ってしまうのです。

さらに「尊重されていない感覚」も大きな要因です。生活リズムを共有できないということは、将来を一緒に歩むパートナーとしてのイメージが描けないということです。これは、家庭を築く上でとても重要な感覚です。お互いの生活を尊重し合えない関係では、愛情も次第に冷めてしまいます。

そして「自尊心の低下」。自分より遊びや友人との時間を優先されると、男性は自分の価値を見失いがちになります。これは、家族よりも仕事を優先してしまう父親と、それを寂しく思う家族の構図に似ているかもしれません。

ここで、ちょっとした興味深いエピソードをご紹介しましょう。昭和40年代のことです。当時、新宿の老舗喫茶店で働いていたマスターから聞いた話ですが、終電を逃したカップルがよく店に駆け込んできたそうです。男性は必死に「すみません、電話を貸してください」と頭を下げ、女性の親に謝罪の電話を入れる。そして朝まで喫茶店で過ごし、始発で帰宅する。当時の「朝帰り」には、そんな切実さと責任感がありました。現代のように気軽に朝帰りができる環境とは大違いですね。しかし、だからこそ当時は「朝帰り」が関係の危機になることは少なかったのかもしれません。

では、このような状況をどう乗り越えればよいのでしょうか。経験豊富な皆さんなら、きっと「話し合い」の大切さはよくご存知でしょう。しかし、ただ話せばよいというものではありません。効果的な対処法を段階的に見ていきましょう。

まず第一歩は「感情の整理」です。なぜ辛いのか、なぜ不安なのかを自分の中でしっかりと言葉にしておくことが大切です。これは、家族会議を開く前に自分の意見をまとめておくのと同じです。感情的になって相手を責めるのではなく、自分の気持ちを冷静に伝える準備をするのです。

「君が朝帰りするのがダメだ」ではなく、「連絡がないと心配で眠れない」「自分が大切にされていないような気持ちになる」といった具合に、相手の行動ではなく自分の感情を主語にして話すのです。これは、長年連れ添った夫婦が口論を避けるためによく使う方法でもあります。

次に重要なのは「落ち着いた場面で伝える」ことです。朝帰りの直後や、お互いが疲れているときに話し合いを持ち掛けても、感情的になってしまい建設的な解決には至りません。休日の午後、ゆったりとした時間に、コーヒーでも飲みながら話し合う。そんな雰囲気作りが大切です。

そして「具体的なルールを決める」段階です。ここでは、お互いが守れる現実的なルールを設定します。例えば終電のルールを確認したり、翌朝まで連絡が取れない場合の対処法を決めたり。これは家庭内でのルール作りと同じです。子どもの門限を決めるときのように、お互いが納得できる範囲で決めることが大切です。

さらに「お互いの楽しみを尊重」することも忘れてはいけません。週に一度は二人だけの時間を固定する一方で、友人優先の夜があっても、翌日のランチでフォローするといった具合に、バランスを取ることが重要です。これは、趣味の時間と家族の時間をうまく両立させる考え方に似ています。

最後に「信頼の積み重ね」です。小さな約束から確実に守っていくことで、「次も話せば分かり合える」と思える関係を築いていくのです。信頼関係は一日では築けませんが、毎日の積み重ねで必ず強固になります。

実際の体験談を見てみましょう。広告代理店で働くE子さんの場合、彼との記念日直前に「友達の誕生日会」と連絡したまま音信不通になってしまいました。朝帰りの直後、彼は怒るのではなく「来年からは二人の大事な日は必ずキープしてほしい」と冷静に伝えました。E子さんもその言葉の重みを理解し、翌年からはお互いのイベントをカレンダーで共有するように。結果として、無断朝帰りはゼロになったそうです。

この話を聞いて、私は昔の家族経営のお店を思い出しました。店主の奥様が「明日はお客様の結婚式があるから、今日は早めに仕込みを終わらせましょう」と家族全員に声をかける。家族みんながその大切な日を共有し、協力し合う。そんな光景です。E子さんと彼氏さんも、お互いの大切な日を共有することで、より深い絆を築けたのでしょう。

もう一つの事例は、システムエンジニアのFさんです。彼女が終電を逃すたびに車で迎えに行っていましたが、深夜ドライブで体力を消耗し、ついに疲れ切って不機嫌になってしまいました。しかしFさんは文句を言う代わりに「次はタクシー代を前もって渡すよ」と提案。彼女も翌朝に無理をしない範囲で帰宅できるようになり、二人のストレスが激減したそうです。

これは昔の商家の知恵に似ています。丁稚さんが遅くなりそうなときは、事前にお小遣いを渡しておいて宿代にあてる。お互いに無理をしない仕組みを作ることで、みんなが気持ちよく働けるようにしていたのです。

実は、この「朝帰り問題」は、現代社会の特徴を如実に表しています。便利になった分、お互いへの期待値が高まり、ちょっとした行き違いが大きな問題に発展しやすくなっているのです。しかし、根本にあるのは「お互いを大切に思う気持ち」です。これは時代が変わっても変わることのない、人間関係の基本なのです。

私たちの時代には、電話一本入れるのも一大事でした。公衆電話を探し、10円玉を握りしめ、短時間で要件を伝える。その不便さが、かえって相手を思いやる気持ちを育てていたのかもしれません。今は24時間いつでも連絡が取れるからこそ、連絡がないときの不安は昔以上に大きくなってしまうのです。

しかし、だからといって現代の若者を責めることはできません。彼らは彼らなりに、新しい時代の中で愛し合い、支え合おうと頑張っているのです。私たちにできることは、その努力を理解し、時には人生の先輩として温かく見守ることです。

人間関係の基本は、いつの時代も同じです。相手を思いやり、自分の気持ちを素直に伝え、お互いを尊重し合う。簡単なようで難しいこの基本を、現代の若者たちも試行錯誤しながら学んでいるのです。

朝帰りという現象を通して見えてくるのは、愛し合う二人が抱える不安と期待、そして理解し合おうとする努力です。それは昔も今も変わることのない、人間の美しい営みなのです。

私たちができることは、そんな若者たちの努力を応援し、時には自分たちの経験を静かに伝えること。「私たちの時代はこうだった」と押し付けるのではなく、「人を思いやる気持ちは時代を超えて大切なものだよ」と、そっと背中を押してあげることなのかもしれません。