長い人生を歩んでこられた皆さんなら、きっと一度は出会ったことがあるでしょう。いつも誰かのことを気にかけて、さりげなく手を差し伸べてくれる、そんな面倒見のいい人に。あるいは、ご自身がそういう役割を担ってこられたかもしれませんね。
今日は、この「面倒見がいい」という性質が、人間関係、特に夫婦やパートナーとの関係において、どんな意味を持つのか、人生の後半を豊かに過ごすためのヒントと共に、ゆっくりとお話しさせていただきます。
面倒見がいい人の心に秘められたもの
若い頃は、誰もが自分のことで精一杯だったかもしれません。でも、年齢を重ねるにつれて、自然と周りの人のことが気になるようになってきた。そんな経験はありませんか。
面倒見がいい人というのは、生まれつきそうだった人もいれば、人生の中で少しずつそうなっていった人もいます。子育てを経験したり、親の介護をしたり、職場で後輩を育てたり。そういう経験の中で、人は「誰かの役に立つ喜び」を知っていくんですね。
心理学の世界では、これを「共感性」といいます。相手の立場に立って考えられる力のこと。面倒見がいい人は、この力が特に豊かなんです。相手が言葉にしなくても、「今、この人は困っているな」「助けが必要だな」って、自然に気づくことができる。
それは決して、おせっかいではありません。長年生きてきた中で培われた、人を思いやる心の表れなんです。
ちょっと面白い話があります。昭和の時代、ある研究者が老人ホームで調査をしたところ、施設内で最も人気があったのは、若くて元気なスタッフではなく、70代の入居者の女性だったそうです。その方は、新しく入ってきた人の話を聞いてあげたり、落ち込んでいる人を励ましたり、いつも誰かのために動いていました。年を重ねても、いや、年を重ねたからこそ、人の心がわかる。面倒見の良さは、人生経験の賜物なんですね。
人生の後半で気づく面倒見の良さの価値
若い頃は、格好いい人、面白い人、お金持ちの人。そういう外見的な魅力に惹かれることもあったでしょう。でも、60代、70代、80代と年齢を重ねていくと、本当に大切なものが見えてくるものです。
それは「この人と一緒にいると、心が安らぐ」という感覚です。
面倒見がいい人と一緒にいると、不思議と肩の力が抜けるんですよね。「この人は私のことをわかってくれている」「困ったときには助けてくれる」という安心感があるから。
特に、配偶者を亡くされた方や、一人暮らしをされている方にとって、面倒見のいい友人やパートナーの存在は、どれほど心強いことでしょう。毎日の小さな気遣いが、孤独を和らげ、生きる喜びを与えてくれます。
ある70代の男性の話です。奥様を亡くされて3年が経ち、ふとしたきっかけで近所の読書サークルに参加するようになりました。そこで出会った女性は、いつも周りの人のことを気にかけていて、誰かが休むと「体調でも悪いのかしら」と心配し、新しい人が来ると優しく声をかけていました。
最初は「世話焼きなおばさんだな」くらいに思っていたそうです。でも、ある日、彼が風邪で倒れたとき、その女性が手作りのお粥を持ってきてくれた。「無理しないでくださいね」という一言が、どれほど心に沁みたことか。
亡くなった奥様も、そういう優しさを持った人でした。その女性の姿に、かつての妻の面影を見たのかもしれません。それから少しずつ二人は親しくなり、今では良きパートナーとして、互いに支え合って暮らしているそうです。
面倒見の良さが育む深い絆
若いカップルの恋愛とは違い、人生の後半での関係には、もっと深い何かがあります。それは「依存」ではなく「支え合い」です。
面倒見がいい人は、相手に何かをしてあげることで満足するのではありません。相手が元気でいてくれること、笑顔でいてくれること、それ自体が喜びなんです。これは、長年生きてきた人だからこそ理解できる、深い愛情の形ではないでしょうか。
体調を崩したとき、落ち込んだとき、不安になったとき。そんなときにそっと寄り添ってくれる人がいる。それは、どんな薬よりも、どんな言葉よりも、心を癒してくれます。
実際に、最近の研究でも、人に優しくすること、誰かの面倒を見ることは、脳内でオキシトシンという「幸せホルモン」を分泌させることがわかっています。つまり、面倒見がいい人は、人を幸せにしながら、自分も幸せになっているんですね。
ある80代の女性は、長年連れ添った夫との関係をこう語ります。「若い頃は、あの人の頑固さにイライラすることもありました。でも、年を取るにつれて、あの人がどれだけ私のことを気にかけてくれているか、わかるようになったんです」
夫は無口な人でしたが、妻が疲れているときには、黙って家事を手伝ってくれた。体調が悪そうなときには、「医者に行こう」と優しく促してくれた。派手な愛情表現はなかったけれど、毎日の小さな気遣いが、妻の心を支えていたのです。
「今では、あの人がいない人生なんて考えられません」そう言って、彼女は穏やかに微笑みました。
注意すべき面倒見の良さの落とし穴
ただ、ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。面倒見が良すぎるのも、時には問題になることがあるんです。
特に、長年主婦として家族の世話をしてこられた方や、仕事で部下を育ててこられた方は、つい「してあげすぎる」ことがあります。相手のためを思ってやっていることが、相手にとっては「過保護」や「干渉」に感じられてしまうことも。
60代の女性が、こんな悩みを打ち明けてくれました。「再婚した相手の男性に、ついあれこれ世話を焼いてしまうんです。食事のメニューから、服装まで。でも、ある日『自分のことは自分でできる』って言われて、ハッとしました」
彼女は、良かれと思ってやっていたことが、相手の自立心を傷つけていたことに気づいたのです。それから、相手が本当に助けを求めているときだけ手を差し伸べるように心がけたところ、二人の関係はぐっと良くなったそうです。
面倒見が良いことと、相手を尊重すること。この両方のバランスが、年を重ねた関係には特に大切なんですね。
お互いに面倒を見合う関係の美しさ
人生の後半で出会う関係の素晴らしさは、お互いに面倒を見合えることです。
若い頃は、どちらかが一方的に支えることが多かったかもしれません。でも、年を重ねると、今日は私が支えて、明日はあなたが支えて、そういう自然な助け合いができるようになります。
ある夫婦の話が印象的でした。70代の夫は、数年前に軽い脳梗塞を患い、右手が少し不自由になりました。妻は、夫の着替えや食事の支度を手伝うようになった。でも、その妻も膝が悪く、階段の上り下りが辛くなってきていました。
すると夫は、妻が二階に行く必要がないように、よく使うものを一階に移動させたり、重い買い物袋を自分が持つようになったんです。お互いに、できることで相手を支える。そんな日々の中で、二人の絆はさらに深まっていきました。
「若い頃は、お互いに意地を張ることもあったけど、今は素直に『ありがとう』って言えるようになりました」そう語る妻の表情は、とても穏やかでした。
面倒見の良さを活かした第二の人生
配偶者を亡くされた方、離婚された方、あるいはずっと独身で過ごしてこられた方。人生の後半で、新しい出会いを求める方も増えています。
そんなとき、自分の「面倒見の良さ」は、大きな魅力になります。なぜなら、この年齢での出会いは、見た目や経済力よりも、「この人となら安心して老後を過ごせるか」が重要だから。
実際に、シニア向けの交流会や婚活パーティーに参加された方々は、口を揃えてこう言います。「優しい人、思いやりのある人を探しています」と。
ある75歳の男性は、妻を亡くしてから5年後、友人の紹介で同年代の女性と出会いました。彼は、自分から積極的にアプローチするタイプではありませんでしたが、会うたびに相手の話をよく聞き、困っていることがあれば手伝うようにしていました。
庭仕事が好きな彼は、彼女の家の草取りを手伝ったり、重い荷物を運んであげたり。特別なことをしたわけではありません。でも、そういう日常の小さな気遣いが、彼女の心を動かしたのです。
「この人は、私のことを本当に大切に思ってくれている」そう感じた彼女から、「これからも一緒にいてくれませんか」と言われたとき、彼は涙が出そうになったそうです。
孤独を癒す面倒見の良さ
高齢になると、誰もが多かれ少なかれ、孤独を感じるものです。子どもたちは独立し、友人も少しずつ亡くなっていく。そんな中で、面倒見のいい友人やパートナーの存在は、心の支えになります。
ある78歳の女性は、夫を亡くしてから一人暮らしをしていました。子どもたちは遠方に住んでいて、なかなか会えない。寂しさを紛らわすために、地域のボランティア活動に参加するようになりました。
そこで出会ったのが、同じように一人暮らしをしている男性でした。その男性は、活動の後、いつも参加者全員に「お疲れ様でした」と声をかけ、重い荷物を持っている人がいれば手伝い、体調が悪そうな人がいれば心配していました。
彼女は、その姿を見ているうちに、「この人は本当に優しい人なんだな」と思うようになりました。そして、ある日、彼から「一緒にお茶でもいかがですか」と誘われたとき、自然と「はい」と答えていたそうです。
今では、週に何度か一緒に散歩をしたり、お茶を飲んだりする仲になりました。「結婚という形にはこだわらないけれど、この人がいてくれるだけで、毎日が楽しいんです」と、彼女は嬉しそうに話してくれました。
面倒見の良さを次の世代へ
人生の後半になると、孫や若い世代との関わりも増えてきます。そんなとき、あなたの面倒見の良さは、次の世代への贈り物になります。
孫の話を聞いてあげる、若い人の相談に乗ってあげる、近所の子どもたちに優しく声をかけてあげる。そういう小さな行動が、若い人たちの心に温かい記憶として残るんです。
70代の男性が、こんなエピソードを教えてくれました。近所に住む若い夫婦が、初めての子育てで悩んでいる様子でした。彼は、自分の子育ての経験を思い出しながら、「何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくださいね」と伝えました。
最初は遠慮していた夫婦でしたが、ある日、赤ちゃんが夜泣きして困っているときに、思い切って相談してきました。彼は、昔妻と一緒に試した方法を教えたり、「大丈夫、みんな通る道だから」と励ましたり。
それから、その夫婦と彼の間には、本当の家族のような絆が生まれました。「おじいちゃん」と慕われる彼は、「人生の最後に、こんな温かい関係ができるなんて思わなかった」と、幸せそうに笑っていました。
面倒見が良すぎて疲れてしまったら
ここまで、面倒見の良さの素晴らしさをお話ししてきましたが、正直に言いますね。面倒見が良すぎて、疲れてしまうこともあるんです。
特に、長年誰かの世話をしてきた方は、「自分が頑張らなきゃ」という気持ちが強すぎて、自分のことを後回しにしてしまいがちです。でも、それでは自分が倒れてしまいます。
大切なのは、「できる範囲で」ということです。全部を一人で背負う必要はないんです。
ある65歳の女性は、長年、認知症の母親の介護をしながら、夫の世話もし、孫の面倒も見ていました。周りからは「本当に面倒見がいいね」と言われていましたが、実は心身ともにボロボロになっていたんです。
ある日、友人が「あなたも休まないと」と言ってくれて、初めて自分が無理をしていたことに気づきました。それから、できることは家族に分担してもらい、週に一度は自分のための時間を作るようにしたところ、心に余裕が生まれ、かえって周りの人にも優しくできるようになったそうです。
面倒見がいいことは素晴らしいことです。でも、自分を大切にすることも、同じくらい大切なんですね。
これからの人生を豊かにするために
人生100年時代と言われる今、60代、70代はまだまだ人生の途中です。これからの時間を、どう過ごしていくか。それは、あなた自身が決められることです。
もし、あなたが面倒見のいい性格なら、それを活かして、誰かの役に立つ喜びを見つけてください。ボランティア活動でもいい、地域の交流会でもいい、趣味のサークルでもいい。あなたの優しさを必要としている人は、きっといます。
そして、もし新しい出会いを求めているなら、自分の面倒見の良さに自信を持ってください。年を重ねた今だからこそ、本当に大切なことが見えています。派手な恋愛ではなく、お互いに支え合える、穏やかで温かい関係を築くことができます。
ただ、一つだけ忘れないでください。面倒見がいいことと、相手を尊重すること。そのバランスを大切にしてください。相手が望んでいないときに手を出すのではなく、相手が本当に助けを必要としているときに、そっと手を差し伸べる。それが、本当の優しさです。