シニアからのはるめくせかい

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荷物の多さに隠された、人生経験豊かなシニアならではの心理

外出する時、つい荷物が多くなってしまう。そんな経験、ありませんか。若い頃は小さなバッグ一つで出かけられたのに、いつの間にかリュックやトートバッグがずっしりと重くなっている。「また荷物が増えちゃって」と苦笑いしながら、でもやっぱり「これも必要かもしれない」と詰め込んでしまう。今日は、そんな荷物の多さに隠された、人生経験豊かな私たちならではの心理について、ゆっくりとお話ししていきたいと思います。

まず最初に申し上げたいのは、荷物が多いことは決して恥ずかしいことではないということです。むしろ、それは長年の経験から培われた知恵の表れなんです。若い人たちは「身軽でいいわね」と軽やかに出かけていきますが、私たちは知っているんです。人生には予期せぬことが起こるということを。だからこそ、備えることの大切さを理解している。それは、決してネガティブな心配性なんかじゃなくて、むしろ人生を大切に生きてきた証なんですよね。

七十代の知人女性の話を聞いたことがあります。彼女はいつも大きめのバッグを持ち歩いていて、周りからは「そんなに荷物があって重くない?」と心配されることもあったそうです。でも、ある日のこと。近所の公園で孫と遊んでいた時、転んだ小さな子供が泣いているのを見かけました。その子のお母さんは慌てていて、バンドエイドも何も持っていなかった。そこで彼女がサッとバッグから救急セットを取り出して、優しく手当てをしてあげたんです。お母さんは涙を浮かべながら「ありがとうございます。助かりました」と何度もお礼を言っていたそうです。

その時、彼女は思ったそうです。「ああ、私のこの習慣は間違っていなかったんだ」って。重たいバッグを持ち歩くのは大変だけれど、誰かの役に立てる瞬間があるかもしれない。そう思うと、荷物の重さも苦にならなくなったんだとか。心の中では、誰かを守りたいという優しさと、何かあった時に対応したいという責任感が混ざり合っていたんですね。

荷物が多くなる理由の一つに、細部への気配りがあります。これは、長年生きてきた中で「あの時、あれがあったらよかったのに」という経験が積み重なっているからなんです。若い頃の失敗や後悔が、今の準備につながっている。これって、実はとても賢いことだと思いませんか。

六十五歳の男性の話です。彼は毎朝の散歩に出る時、必ずリュックを背負っていきます。中には水筒、タオル、帽子の予備、日焼け止め、虫除けスプレー、小さな救急セット、そして万歩計や携帯電話。奥さんからは「そこまで必要かしら」と言われることもあるそうですが、彼には理由がありました。

数年前、散歩中に体調を崩した見知らぬ高齢者を助けた経験があったんです。その時、自分の携帯で救急車を呼び、水を差し上げることができた。もし何も持っていなかったら、ただオロオロするだけだったかもしれない。それ以来、彼は「備えることの大切さ」を身に染みて感じるようになったそうです。彼の心の中には、誰かを助けられるかもしれないという使命感と、自分自身の安全を守りたいという願いがあったんですね。

ここで少し面白い話をしましょう。荷物の多さについて、昔の人は「持てば安心、持たねば不安」なんて言葉を残しているそうです。まさに私たちの心理を表していますよね。江戸時代の旅人たちも、道中で何があるか分からないからと、様々なものを風呂敷に包んで持ち歩いていたんだとか。現代の私たちのバッグやリュックも、ある意味では同じ。人間の本能的な「備え」の習性なのかもしれません。時代は変わっても、不安に対処しようとする人間の知恵は変わらないんですね。

さて、荷物が多くなる二つ目の理由として、選択への慎重さがあります。「これにしようか、あれにしようか」と迷った結果、両方持って行ってしまう。若い人からすれば優柔不断に見えるかもしれませんが、実はこれ、人生経験から来る深い洞察なんです。

七十二歳の女性の話を聞きました。彼女は旅行に行く時、いつもスーツケースいっぱいに荷物を詰め込むそうです。娘さんからは「お母さん、そんなに服は必要ないでしょう」と言われるんですが、彼女には譲れない理由がありました。

若い頃、家族旅行で急な気候の変化に対応できず、子供に風邪を引かせてしまったことがあったんです。それ以来、彼女は「もしも」のために様々な選択肢を用意するようになった。暑い日用の服、寒い日用の服、雨の日用の靴、フォーマルな場面用の服。すべてに理由があるんです。彼女の心の中では、過去の後悔と、大切な人を守りたいという愛情が、荷物の一つ一つに込められていたんですね。

選択への慎重さは、人間関係にも表れます。誰かと約束をする時、「本当にこの日時で大丈夫かな」「相手に迷惑をかけないかな」と何度も確認する。これも、長年の経験から、軽はずみな判断が人を傷つけることを知っているからなんです。若い人のようにパッと決めて、ダメだったらまた考えればいい、という柔軟さとは違う。私たちは、一つ一つの選択を大切にしたいと思っているんです。

ある六十八歳の男性は、友人との食事の約束をする時、必ず複数のお店の候補を用意するそうです。「あそこは階段が多いから、足の悪い友人には辛いかもしれない」「ここは個室があるから、ゆっくり話せる」「あちらは料理が薄味だから、血圧が高い友人にも安心」。そんなふうに、相手のことを考えながら選択肢を広げていく。

周りからは「そこまで考えなくても」と言われることもあるそうですが、彼にとっては、それが友人への思いやりなんです。心の中では、「せっかく会うんだから、みんなに楽しんでもらいたい」という純粋な願いがあって、それが慎重な準備につながっているんですね。友人たちも、彼の気遣いに気づいていて、「あいつと会うといつも安心するんだよな」と言っているそうです。

荷物が多くなる三つ目の理由は、変化への不安と安定志向です。いつも使っているものを手元に置いておきたい。新しい状況に対応するより、慣れたやり方を続けたい。これは決して頑固さではなく、むしろ自分の生活リズムを大切にしている証拠なんです。

七十五歳の女性の話です。彼女は外出する時、いつも決まったものをバッグに入れるそうです。お気に入りの手帳、長年使っている財布、若い頃からの習慣で持ち歩いているハンカチとティッシュ。娘さんが「もっと便利な電子マネーを使えば、財布も小さくできるのに」と提案するんですが、彼女は首を横に振ります。

「これが私の生き方なの」と彼女は言います。確かに、若い人から見れば時代遅れかもしれない。でも、彼女にとっては、長年慣れ親しんだものと一緒にいることが心の安定につながっているんです。新しいことを覚える不安よりも、今あるものを大切にする喜びの方が大きい。それは、人生を通じて培ってきた自分なりの価値観なんですね。

変化への不安は、健康面でも表れます。六十代の男性は、外出する時に必ず薬のセットを持ち歩くそうです。常備薬だけでなく、念のための胃腸薬、頭痛薬、絆創膏まで。奥さんからは「病院じゃないんだから」と笑われることもありますが、彼には理由があります。

以前、旅行先で急に体調を崩したことがあって、その時の不安と焦りが今でも心に残っているんです。あの時、もっと準備していれば、もっと冷静に対処できたのに。その経験が、今の準備万端な姿勢につながっている。彼の心の中では、自分の体を守りたいという願いと、家族に心配をかけたくないという思いが混ざり合っているんですね。

ただ、荷物が多すぎることで、逆に不便を感じることもあります。重たいバッグを持ち歩くのは体に負担がかかりますし、必要なものを探すのに時間がかかってしまうこともある。そんな時、どうしたらいいのでしょうか。

大切なのは、「本当に必要なもの」と「あったら安心なもの」を見極めることです。すべてを持ち歩く必要はないんです。近所への買い物と、遠出する時の荷物は違っていいはずです。状況に応じて、持ち物を調整する柔軟さを持つことも、賢い生き方だと思います。

ある七十歳の女性は、バッグを三つ用意しているそうです。近所用の小さなバッグ、半日外出用の中くらいのバッグ、そして旅行用の大きなバッグ。それぞれに最低限必要なものだけを入れて、状況に応じて使い分ける。この工夫によって、荷物の重さに悩むことが減ったんだとか。

彼女は言います。「年を重ねると、知恵も増えるけど、体力は減っていく。だから、賢く生きることが大切なのよ」って。まさにその通りですよね。心配性で準備好きな性格は変えられないけれど、それを上手に活かす方法はいくらでもある。そうやって自分なりの工夫を見つけていくことが、心地よい生活につながるんです。

家族や友人との関係でも、荷物の多さは時に話題になります。孫に「おばあちゃん、なんでそんなに荷物が多いの?」と聞かれて、どう答えたらいいか迷うこともあるでしょう。でも、正直に伝えていいんです。「おばあちゃんはね、みんなが困らないように、いろいろ準備しているのよ」って。

実際、孫たちは理解してくれるものです。ある祖母の話では、孫が学校の遠足で忘れ物をした時、「おばあちゃんだったら絶対持ってるよね」と言って、それ以来、荷物の多さを尊敬の目で見るようになったそうです。子供たちは、大人の行動の裏にある思いやりや愛情を、ちゃんと感じ取っているんですね。

若い世代との違いを受け入れることも大切です。彼らは彼らの生き方があり、私たちには私たちの生き方がある。スマートフォン一つで何でもできる時代だからこそ、アナログな準備の大切さを知っている私たちの知恵は、実は貴重なものなんです。

災害が起きた時、真っ先に動けるのは、日頃から備えている人たちです。近所の八十歳近い男性は、東日本大震災の後、いつも小さな防災セットを持ち歩くようになったそうです。懐中電灯、ホイッスル、飴玉、小銭。「大げさだ」と言う人もいますが、いざという時に役立つのは、こういう日頃の準備なんです。

荷物の多さは、単なる心配性ではありません。それは、人生の中で出会った様々な出来事から学んだ知恵の結晶なんです。失敗から学び、成功を繰り返し、そして今があるから、私たちは「備えることの大切さ」を知っている。若い人たちが経験していないことを、私たちは既に経験している。だからこそ、準備することを選ぶんです。

もちろん、時には荷物を減らす勇気も必要です。全部を持ち歩かなくても、なんとかなることもある。でも、その判断ができるのも、長年の経験があるからこそ。どこで妥協し、どこで譲らないか。その選択こそが、人生の知恵なんですよね。