人生の後半を迎えて、改めて向き合う「優しさ」という言葉の重み。配偶者を亡くされた方、熟年離婚を経験された方、あるいは長年独身を貫いてこられた方...六十代、七十代になって新しい出会いを求める時、「誰にでも優しい男性」の存在が、若い頃とは違った複雑な感情を呼び起こすことがあります。今日は、シニア世代だからこそ感じる、その優しさへの戸惑いと向き合い方について、ゆっくりお話しさせていただきますね。
「優しい人」という言葉、素敵に聞こえますよね。でも、その優しさが「誰にでも同じように向けられているもの」だと気づいた時、胸の奥がキュッとなる。それは若い頃と変わらない、普遍的な女性の想いなのかもしれません。むしろ、人生経験を積んだ今だからこそ、その「優しさの質」を見抜く目が養われている。だからこそ、悩みも深くなるんですよね。
シニア世代の恋愛、その特別な背景
まず、私たちシニア世代の恋愛が、若い方々とどう違うのか、少し考えてみましょう。若い頃は、ただ好きという気持ちだけで前に進めました。でも今は違います。それぞれに背負ってきた人生があり、家族があり、思い出があります。
例えば、妻を亡くして三年が経った男性。寂しさを抱えながらも、妻への想いは消えない。そんな時、地域のサークル活動で出会った優しい男性に心惹かれる。彼は、あなたの話を丁寧に聞いてくれる。「大変でしたね」「よく頑張られましたね」と温かい言葉をかけてくれる。その優しさが、凍りついていた心を少しずつ溶かしていく。
でも、サークルの他の女性たちと話していると、みんな同じことを言うんです。「あの人、本当に優しいのよね」「私の話も親身に聞いてくれて」。ハッとしますよね。「あれ、私だけじゃなかったんだ」って。その瞬間、心の中に小さな不安の種が芽生える。
あるいは、熟年離婚を決意した女性の場合。長年の結婚生活で「大切にされる」ということを忘れかけていた心に、新しい男性の優しさが沁みる。彼は食事に誘ってくれて、プレゼントもくれる。でも、よく見ていると、同じような年代の女性たち何人もに同じことをしている。「私、勘違いしていたのかな」という虚しさが、胸に広がっていきます。
若い頃なら、「まあ、そういう人もいるよね」と軽く受け流せたかもしれない。でも、人生の残り時間を意識する年代になると、「これ以上、時間を無駄にしたくない」という気持ちが強くなります。だからこそ、相手の本心が見えない「優しさ」に、以前より敏感になってしまうんですよね。
「みんなに平等」という優しさの落とし穴
七十代の女性から、こんな話を聞いたことがあります。ご主人を亡くして五年、ようやく新しい出会いを考えられるようになった頃のこと。趣味の写真教室で知り合った男性が、とても紳士的で優しい方だったそうです。
レンズの使い方を丁寧に教えてくれたり、撮影スポットに一緒に行こうと誘ってくれたり。食事にも何度か行って、亡くなったご主人のことも聞いてくれた。「この人となら、また人生を歩んでいけるかもしれない」そう思い始めていた矢先のことです。
写真教室の発表会があって、その時に気づいたんだそうです。彼が、教室の他の女性たちにも、全く同じように接していることに。同じような優しい言葉をかけ、同じように食事に誘い、同じように親身に話を聞いている。発表会の後の懇親会では、別の女性の隣に座って、楽しそうに笑っている。その光景を見た時、彼女の心は凍りついたそうです。
「私だけ特別だと思っていたのは、私の勘違いだったんですね」と、その女性は静かに笑いました。でも、その目には涙が浮かんでいました。若い頃なら笑い飛ばせたかもしれない。でも、人生の夕暮れ時に感じる孤独は、若い頃のそれとは比べ物にならないほど重いものです。
もう一つ、印象的な話があります。六十代後半の男性の話です。彼は妻と死別後、息子夫婦と同居していました。ある日、地域の集まりで知り合った女性に心惹かれたそうです。彼女も一人暮らしで、時々お茶に誘ったり、買い物に付き合ったり。
でも、息子の嫁から「お父さん、あの女性以外にも、何人かの女性と仲良くしてるみたいですよ」と言われて、ハッとしたそうです。確かに、LINEを見返してみると、複数の女性と同じようなやり取りをしている。体調を気遣うメッセージ、季節の挨拶、時には「今度お茶でも」という誘い...。
彼は悪気なく、寂しさを埋めるために、複数の女性に優しくしていたんです。でも、相手の女性たちはどう感じていたでしょうか。「自分だけ特別」と思っていたかもしれない。そう気づいた時、彼は深く後悔したそうです。「人を傷つけるつもりはなかったのに」と。
思わせぶりな態度、シニアならではの複雑さ
若い方々と違って、シニア世代の「思わせぶり」には、また違った複雑さがあります。それは、多くの場合、悪意からではなく、「寂しさ」や「承認欲求」から来ているんですよね。
配偶者を亡くした男性の中には、長年連れ添った妻以外の女性から優しくされることに、新鮮な喜びを感じる方がいます。若い頃のようにドキドキするわけじゃない。でも、「まだ自分も異性として見てもらえるんだ」という確認が、心地よいんです。だから、つい複数の女性に同じように優しくしてしまう。
ある男性は、カルチャーセンターの書道教室で知り合った女性たちに、こまめに連絡を取っていました。「今日の先生の言葉、良かったですね」「お元気ですか」といった他愛のないメッセージ。でも、それを受け取る女性側は、「私に気があるのかな」と思ってしまうこともあります。
特に、女性が長年連れ添った夫を亡くしたばかりだったりすると、その優しいメッセージが、心の隙間に深く入り込んでくる。「この人は私を理解してくれている」と感じてしまう。でも実際は、その男性は他の何人もの女性に同じメッセージを送っているだけ。その現実を知った時の落胆は、計り知れないものがあります。
もっと切ない例もあります。熟年離婚をした女性が、同じく離婚経験のある男性と知り合った時のこと。彼は、離婚の辛さをよく理解してくれて、「僕も同じ経験をしたから、あなたの気持ちがよくわかる」と言ってくれた。二人だけの秘密を共有しているような、特別な関係だと感じていたそうです。
でも、ある日、別の離婚経験のある女性と彼が話しているのを見かけた。内容は、自分とした会話とほとんど同じ。「僕も同じ経験をしたから...」という同じセリフまで使っている。その瞬間、彼女は悟ったそうです。「私は特別じゃなかった。彼は、離婚した女性なら誰にでも同じことを言うんだ」と。
昔の優しさと今の優しさ、何が違うのか
ここで、少し面白い話をさせてください。実は、戦後間もない頃、「優しい男性」の定義は今とはかなり違っていたんです。当時は、「家族を守るために厳しくあること」が男性の優しさでした。妻や子どもに甘い顔を見せず、時には厳しく叱ることが、「本当の愛情」だとされていました。
でも、時代が変わって、男女平等が叫ばれるようになり、「優しい男性」の基準も変わってきました。女性の話を聞く、家事を手伝う、感情を表に出す...これらが「優しさ」として評価されるようになった。そして、今のシニア世代の男性は、その過渡期を生きてきた方々なんですよね。
だから、中には戸惑っている方もいるんです。「女性に優しくすることが良いことだ」と学んだけれど、「どこまでが適切な優しさなのか」がわからない。結果として、「誰にでも優しい」という、境界線のない優しさになってしまうことがあります。
七十代のある男性が、こう言っていました。「若い頃は、妻以外の女性と二人で食事なんて考えられなかった。でも、今は時代が違う。男女が友達として付き合うのも普通だと聞いた。だから、女性の友人を作ろうと思って、いろんな人と食事に行くようになった。でも、それが『思わせぶり』だと言われて、困惑している」と。
時代の変化についていこうとする気持ちと、伝統的な価値観の間で揺れている。その結果が、「誰にでも優しい」という曖昧な態度になってしまうこともあるんですね。
私たちはどう向き合えばいいのか
では、こうした「誰にでも優しい男性」に出会った時、私たちシニア女性はどう向き合えばいいのでしょうか。
まず大切なのは、「期待値を調整する」ことです。若い頃のような、燃えるような恋愛は難しいかもしれない。でも、温かい companionship(仲間意識)は築けるかもしれない。相手に「私だけを特別扱いしてほしい」と求める前に、「この人と、どんな関係を築きたいのか」を自分の中で整理することが大切です。
六十代の女性が、こんな風に言っていました。「最初は、彼が他の女性にも優しいことに嫉妬していました。でも、ある時気づいたんです。私が求めているのは、情熱的な恋愛じゃなくて、一緒にお茶を飲んで、他愛のない話ができる相手だったんだ、と。そう考えたら、彼の優しさを、違う角度から見られるようになりました」と。
次に大切なのは、「早めに本音を伝える」こと。ただし、感情的にならずに、穏やかに。「あなたの優しさは嬉しいけれど、私はもう少し特別な関係を望んでいます」とか、「他の女性にも同じように接しているのを見ると、少し寂しい気持ちになります」とか。正直な気持ちを、丁寧な言葉で伝える。
若い頃は、「言わなくてもわかってほしい」と思っていたかもしれません。でも、人生の後半を歩む今、残された時間は限られています。誤解や行き違いで無駄にする時間はもったいない。だから、勇気を出して、言葉にする。それが、シニア世代の恋愛の賢明さだと思うんです。
そして、三つ目は「自分の価値観を再確認する」こと。「私にとって、パートナーとは何か」「優しさとは何か」「幸せとは何か」。これまでの人生経験を総動員して、自分の答えを見つけ出す。
ある女性は、こう結論づけました。「私は、誰にでも優しい完璧な紳士より、少し無骨でも、私のことを一番に考えてくれる人がいい。料理が下手でも、掃除ができなくても、私が体調を崩した時に、一番に駆けつけてくれる人。それが私の求める優しさなんだ」と。
子どもや孫の目も気になる現実
シニア世代の恋愛には、若い方々にはない「周囲の目」という問題もあります。特に、子どもや孫がいる場合、その視線は無視できません。
「お母さん、その人、本気なの?」と娘に聞かれた時、どう答えればいいのか。「おじいちゃん、また違う人とデートしてるよ」と孫に言われた時、どう説明すればいいのか。
七十代の女性が、こんな経験を話してくれました。彼女は、優しい男性と親しくなり、時々食事に行く関係になりました。でも、娘夫婦が心配して、「その人、他の女性とも同じようなことしてるんじゃない?お母さん、騙されないでね」と言われたそうです。
最初は「娘に心配かけたくない」と思って、その男性との関係を隠そうとした。でも、それは違うと気づいたそうです。「もう十分生きてきたんだから、残りの人生、自分で決めたい。たとえ失敗しても、それは私の選択だから」と。そう娘に伝えたら、娘も理解してくれたそうです。
ただし、娘の心配も全くの杞憂ではありませんでした。その男性が、実は複数の女性と同じような関係を持っていることが判明した時、娘の「言わんこっちゃない」という顔が目に浮かんで、恥ずかしかったとか。でも、それも含めて人生経験。笑って受け入れられるようになったそうです。
境界線を引く勇気
「この行動は受け入れられない」という境界線を、明確に引く必要があります。特に、次のような行動には注意が必要です。
深夜の電話やメッセージ。シニア世代だからこそ、夜は早めに休むもの。それなのに、夜遅くに他の女性と電話やメッセージをしているなら、それは配慮に欠けています。
身体的な接触。手を繋ぐ、肩に手を置く、といった行為を、複数の女性に対して行っているなら、それは「思わせぶり」を通り越して、不誠実です。
金銭的な援助。「困っている」と言って、複数の女性からお金を借りたり、プレゼントをねだったりする男性もいます。これは詐欺の可能性もあるので、特に注意が必要です。
ある女性は、こう境界線を引きました。「私と会っている時は、他の女性との連絡は控えてほしい。それができないなら、私はあなたと特別な関係にはなれません」と。その結果、その男性は「それは無理だ」と言って去っていきました。彼女は少し寂しかったけれど、「これでよかった」と思えたそうです。
本当に求めているものは何か
人生の残り時間が見えてくる年代だからこそ、自分に正直になりましょう。「誰にでも優しい男性」に魅力を感じるなら、それはなぜでしょうか。
寂しさを埋めたいだけなら、その優しさで十分かもしれません。でも、本当のパートナーを求めているなら、「私だけを特別に思ってくれる人」を探すべきかもしれません。
八十代の女性が、素敵なことを言っていました。「若い頃は、優しい男性が好きだった。でも、今は違う。優しさより、誠実さを求めている。一人の女性を大切にできる人。それが、私の求める男性像になった」と。
人生経験を積んだからこそ、表面的な優しさの奥にある「誠実さ」が見えるようになる。これは、シニアだからこその知恵ですよね。