人生も70年、80年と重ねてきた今、ふと気づくことがあります。「なぜ私は、母親に素直に優しくできないのだろう」そんな思いが心の奥底でくすぶっていることはありませんか。
母親も高齢になり、体調を崩すことが多くなったり、記憶があいまいになったりする姿を見ていると、「もっと優しくしてあげたい」「大切にしてあげたい」と頭では思うのです。けれども、いざ母親と向き合うと、なぜかイライラしてしまったり、冷たい態度を取ってしまったり。そんな自分を責めて、さらに苦しくなってしまうという悪循環に陥っている方も多いのではないでしょうか。
私たちシニア世代が抱えるこの複雑な感情は、決して珍しいことではありません。むしろ、長い人生を歩んできたからこそ、親子関係の根深い部分と向き合うタイミングが訪れているのかもしれません。今日は、この微妙で繊細な心の動きについて、一緒に考えてみたいと思います。
幼少期の記憶が今も心の奥に
まず理解しておきたいのは、私たちが今感じている母親への複雑な感情は、実は幼少期から積み重なってきた長い歴史があるということです。心理学では「インナーチャイルド」という言葉で表現されますが、子どもの頃に体験した感情や記憶が、大人になった今でも私たちの心の奥で生き続けているのです。
戦前戦後の厳しい時代を生きてきた私たちの世代にとって、親子関係は今とは大きく異なるものでした。物資が不足する中で、親は子どもに厳しく接することが当たり前とされていました。「甘やかしてはいけない」「厳しく育てなければ立派な大人にならない」そんな価値観の中で、多くの方が育ってきたのではないでしょうか。
例えば、転んで泣いていても「泣くんじゃありません」と叱られたり、学校から帰ってきて疲れていても「すぐに手伝いをしなさい」と言われたり。今思えば、母親なりに子どものことを思ってのことだったのでしょうが、当時の小さな心には「自分の気持ちを分かってもらえない」「愛されていないのではないか」という寂しさや不安が刻まれていたかもしれません。
また、戦後の混乱期や高度経済成長期には、母親自身も生活に追われ、精神的な余裕がなかったことも多かったでしょう。父親は仕事で忙しく、母親一人で家事も育児も背負わなければならない。そんな状況の中で、母親が子どもに対してイライラしたり、感情的になったりすることもあったはずです。
そうした環境で育った私たちの心の奥には、「母親に甘えたかった」「もっと優しくしてほしかった」「自分の気持ちを受け止めてほしかった」という満たされなかった想いが、今でも小さな傷として残っているのかもしれません。
昭和の厳格な母親像との葛藤
昭和の時代の母親は、今とは全く異なる役割を期待されていました。家事は完璧に、子どもの教育にも責任を持ち、夫を支え、姑にも気を遣い、近所付き合いも円滑に。まるでスーパーウーマンのような完璧さを求められていたのです。
そんな母親の姿を見て育った私たちは、無意識のうちに「母親とはこうあるべき」という理想像を心に刻み込んできました。しかし、実際の母親は一人の人間です。疲れることもあれば、イライラすることもあれば、失敗することもある。そんな当たり前の人間らしさを、子どもの頃の私たちは受け入れることができなかったのかもしれません。
「なぜお母さんは疲れているの」「なぜお母さんは怒っているの」「なぜお母さんは優しくしてくれないの」そんな疑問や不満が心の奥底に積もり積もって、今になっても母親に対する複雑な感情として表れているのです。
面白いことに、私の知り合いで85歳になる女性がいるのですが、彼女はいつも「私の母親は本当に厳しい人だった」と話します。その方のお母様は既に30年以上前に亡くなられているのですが、今でも母親の厳しい表情や言葉を鮮明に覚えているのです。「今思えば、母も大変だったのでしょうけれど、当時の私には理解できませんでした」と寂しそうに話される姿を見ると、親子関係の影響がいかに長く続くものかを実感します。
自分自身への厳しさが母親への態度に
シニア世代の多くが抱えているのは、自分自身に対する厳しさです。「もっとできるはず」「こんなことではいけない」「まだまだ足りない」そんな風に、常に自分を責めてしまう傾向があります。
この自己否定的な感情は、実は母親との関係にも大きく影響しています。自分に厳しい人は、他人に対しても同じような厳しさを向けてしまいがちです。特に、最も身近な存在である母親に対して、その厳しさが向かってしまうことが多いのです。
例えば、母親が物忘れをしたり、同じ話を何度も繰り返したりすると、「なぜしっかりしてくれないの」「もっと気をつけてほしい」とイライラしてしまう。これは、実は自分自身に対して抱いている「完璧でなければならない」という思い込みが、母親にも向けられているのです。
また、長年にわたって母親の世話をしてきた疲労や負担も、優しくできない要因の一つです。介護や看病、日常的なサポートを続けていると、どんなに愛情があっても、時には疲れを感じたり、自由な時間がないことに不満を抱いたりするのは自然なことです。
しかし、そんな気持ちを持つ自分を「ひどい人間だ」「親不孝者だ」と責めてしまうことで、さらに心が重くなり、母親に対して素直になれなくなってしまうのです。
感情に蓋をしてきた長い年月
私たちの世代は、感情を表に出すことをあまり良しとしない環境で育ってきました。「我慢が美徳」「感情的になってはいけない」「愚痴を言うものではない」そんな価値観の中で、自分の本当の気持ちに蓋をして生きてきた方も多いのではないでしょうか。
母親に対する複雑な感情も、長年にわたって心の奥底に押し込めてきたのかもしれません。「親に対してこんなことを思ってはいけない」「感謝しなければならない」「優しくしなければならない」そんな「べき」に縛られて、本当の気持ちを見ないふりをしてきたのです。
しかし、人間の感情というものは、蓋をしても消えてなくなるものではありません。むしろ、長年抑圧してきた感情は、より複雑で根深いものになって、私たちの心や行動に影響を与え続けます。
だからこそ、今この人生の後半戦において、これまで向き合ってこなかった感情と正直に向き合うことが大切なのです。それは決して母親を責めるためでも、過去を悔やむためでもありません。自分自身の心を軽やかにし、残された時間をより豊かに過ごすためなのです。
距離を置くことの意味と効果
母親に優しくできない自分に苦しんでいる時、時には物理的にも心理的にも、少し距離を置いてみることが有効な場合があります。これは決して冷たい行為ではなく、お互いにとって必要な時間と空間を作ることなのです。
私の知り合いに、こんな体験をした女性がいらっしゃいます。その方は70歳で、93歳の母親と二人暮らしをしていました。毎日の介護に疲れ果て、母親の些細な言動にもイライラしてしまい、時には強い口調で返してしまうことが続いていました。「こんな自分が嫌で嫌で仕方がない」と涙ながらに話されていたのを覚えています。
そんな時、親戚の勧めで、一週間だけ母親をショートステイに預けることになりました。最初は「母を預けるなんて」と罪悪感を感じていた彼女でしたが、一人になった時間を過ごすうちに、心に変化が起きてきました。
静かな家の中で、久しぶりに自分だけの時間を持つことができた彼女は、これまで感じることができなかった様々な感情に気づいたのです。母親への愛情、感謝の気持ち、そして長年抱えてきた寂しさや怒り。それらの感情がごちゃごちゃに混じり合っていることに、初めて気づいたのです。
「母親にイライラしていたのは、実は母親が悪いからではなくて、私自身が疲れ切っていたからだったのね」と気づいた時、彼女の心はとても軽くなったそうです。そして、「母も私も、お互いに一生懸命だったのね」と思えるようになったのです。
一週間後、母親が家に戻ってきた時、彼女は久しぶりに心から「お帰りなさい」と言うことができました。「あの一週間があったから、今があります」と彼女は語ってくれました。
専門家の力を借りる勇気
私たちの世代にとって、心の問題について専門家に相談するということは、まだまだ敷居が高いものかもしれません。「心の弱い人がすること」「恥ずかしいこと」といったイメージを持たれている方も多いでしょう。
しかし、実際にカウンセリングを受けた方の体験を聞くと、その効果の大きさに驚かされます。
75歳の男性の体験談をご紹介しましょう。その方は、90歳の母親との関係に長年悩んでいました。母親は認知症の症状が進んでおり、同じことを何度も聞いたり、息子である彼のことを忘れてしまったりすることが増えていました。
頭では「病気だから仕方がない」と理解していても、心のどこかで「私のことを忘れるなんて」という寂しさや怒りを感じてしまう自分がいました。そんな感情を持つ自分を責めているうちに、母親に対して冷たい態度を取ってしまうようになったのです。
そんな時、地域の包括支援センターで相談したところ、心理カウンセラーを紹介してもらいました。最初は「この年になってカウンセリングなんて」と恥ずかしく思ったそうですが、実際に話を聞いてもらうと、心がとても楽になったそうです。
カウンセラーは、彼の感情を否定することなく、「お母様を忘れられることの寂しさを感じるのは、とても自然なことですね」と受け止めてくれました。そして、「そんな感情を持つ自分を責める必要はありません。お母様への愛情があるからこそ、感じる感情なのです」と教えてくれたのです。
何回かのセッションを通じて、彼は自分の感情を整理し、母親への複雑な思いを理解することができました。「母親に優しくできない自分」を責めるのではなく、「疲れている自分」「寂しい自分」「愛しているからこそ辛い自分」を受け入れることができるようになったのです。
その結果、母親に対する接し方も自然と変わりました。完璧に優しくしようとするのではなく、自分のペースで、自分なりの愛情を示すことができるようになったのです。
過去の感情を解放する方法
長年心の奥底に閉じ込めてきた感情を解放することは、簡単なことではありません。しかし、いくつかの方法を試してみることで、少しずつ心を軽やかにしていくことは可能です。
まず大切なのは、自分の感情を否定しないことです。「母親にイライラしてしまう」「優しくできない」「時には嫌だと思ってしまう」そんな感情があったとしても、それは決して悪いことではありません。人間である以上、複雑な感情を持つのは当然のことなのです。
次に、その感情がどこから来ているのかを考えてみることです。子どもの頃の記憶を思い出してみてください。母親との関係で、悲しかったこと、寂しかったこと、怒りを感じたことはありませんか。それらの感情は、今でもあなたの心の中で生き続けているかもしれません。
そして、その時の自分に語りかけてみてください。「辛かったね」「寂しかったね」「よく頑張ったね」と、子どもの頃の自分を慰めてあげるのです。これは、心理学で「インナーチャイルドの癒し」と呼ばれる方法の一つです。
私の知り合いで、こんな方法を実践した女性がいらっしゃいます。その方は毎晩寝る前に、子どもの頃の自分を思い浮かべて、「今日も一日お疲れさま。あなたはとてもよく頑張っているよ」と心の中で語りかけていたそうです。最初は恥ずかしく感じたそうですが、続けているうちに、心がとても穏やかになったと話してくれました。
手紙を書くという方法も効果的です。母親への手紙、そして子どもの頃の自分への手紙を書いてみるのです。実際に渡す必要はありません。自分の気持ちを文字にすることで、心の整理ができるのです。
感情の変化が人間関係に与える影響
母親への複雑な感情を整理し、心が軽やかになってくると、不思議なことに他の人間関係にも良い影響が表れることがあります。
実は、母親との関係は、私たちの人間関係の基盤となっているのです。母親に対して感じている感情のパターンは、しばしば他の人間関係でも繰り返されます。例えば、母親に対してイライラしやすい人は、配偶者や友人に対してもイライラしやすい傾向があります。
逆に、母親との関係が改善されると、他の人に対してもより優しく、理解深く接することができるようになるのです。
73歳の女性の体験談をご紹介しましょう。その方は長年、夫との関係にも悩んでいました。夫の些細な行動にイライラしてしまい、つい冷たい態度を取ってしまうことが多かったのです。
しかし、母親との関係を見つめ直し、自分の感情を整理していく過程で、夫への接し方も変わってきました。「私が夫にイライラしていたのは、実は母親に対して感じていた感情と同じだったのです」と気づいたのです。
母親に対して「もっとしっかりしてほしい」「私の気持ちを分かってほしい」と思っていた感情が、夫に対しても向けられていたのでした。その気づきがあってから、夫に対してもより理解深く接することができるようになったそうです。
また、友人関係や近所付き合いにも変化が表れました。以前は人の欠点ばかりが目についていたのが、良い面にも注目できるようになったのです。「人は完璧でなくても良いのだ」ということを、母親との関係を通じて学んだからです。
老いていく母親との向き合い方
母親も私たちと同様に年を重ね、身体的にも精神的にも変化していきます。その変化を受け入れることも、親子関係を改善する上で大切な要素です。
若い頃の母親の姿と、今の母親の姿は大きく違うかもしれません。体力が衰え、記憶があいまいになり、時には子どものように甘えてくることもあるでしょう。そんな変化に戸惑いを感じるのは自然なことです。
しかし、その変化を「衰え」として捉えるのではなく、人生の自然な過程として受け入れることで、母親への見方も変わってきます。「完璧な母親」を求めるのではなく、「一人の人間としての母親」を受け入れることができるようになるのです。
ある80歳の女性は、こんな風に話してくれました。「95歳の母が最近、昔の話ばかりするようになりました。最初は『また同じ話』と思っていたのですが、よく聞いてみると、母の人生の大切な思い出を教えてくれているのだと気づいたのです。今では、母の昔話を聞くのが楽しみになりました」
このように、視点を変えることで、母親との関係も大きく変わってくるのです。