60代、70代になって、新しい恋愛に踏み出すこと。それは勇気のいることですね。配偶者を亡くされた方、熟年離婚を経験された方、あるいは長年独身を貫いてこられた方。人生の後半戦で出会う恋には、若い頃とは違う深みと温かさがあります。
でも同時に、ちょっと困った経験をされた方も多いのではないでしょうか。趣味のサークルで知り合った異性が、会うたびに「次はいつ会える?」と詰め寄ってくる。お茶を一度しただけなのに、毎日のように電話がかかってくる。そんな経験、ありませんか。
今日は、シニア世代の恋愛で意外と多い「グイグイ来られると逃げたくなる」という心理について、お話しさせていただきます。私自身、60代半ばで夫を亡くし、数年後に新しい出会いを経験した者として、この気持ちがよくわかるんです。
なぜ「グイグイ」は息苦しいのか
人間には、自分のペースを守りたいという本能があります。心理学では「心理的リアクタンス」と呼ばれるものです。難しい言葉ですが、要するに「自分の自由が脅かされると、それを取り戻そうとする心の働き」のことです。
若い頃は、情熱的なアプローチも「私のことを本気で想ってくれている」と嬉しく感じたかもしれません。でも人生経験を重ねた今、私たちは自分のペースの大切さをよく知っています。朝のお茶を楽しむ時間、趣味に没頭する午後、孫との電話を楽しむ夕方。そんな日常のリズムが、長年かけて築いてきた大切な生活なんです。
そこに、急に誰かが入り込んでこようとすると、どうしても身構えてしまいます。「この人と付き合ったら、自分の時間がなくなってしまうのでは」という不安が頭をよぎるんです。これは決してわがままでも冷たいわけでもありません。自分を守るための、とても自然な反応なのです。
私が経験した「グイグイ」の日々
夫を亡くして3年目の春、友人に誘われて社交ダンスのサークルに入りました。そこで出会ったのが、68歳の紳士的な男性でした。最初は本当に感じの良い方で、ダンスの後にみんなでお茶をする時も、適度な距離感で接してくださっていました。
ところが、ある日サークル仲間数人で食事に行った後から、様子が変わったんです。次の日の朝9時に携帯に電話がかかってきました。「昨日は楽しかったね。今日は何してる?」。私は少し驚きながらも、社交辞令的に「洗濯とか家事をしてますよ」と答えました。
それから毎日、朝9時に電話が来るようになったんです。最初の1週間は「律儀な方だな」と思っていました。でも2週間、3週間と続くうちに、電話の音が鳴るたびに胸が重くなっていく自分に気づきました。朝の静かな時間に、コーヒーを飲みながら新聞を読む。それが私の大切な日課だったのに、その時間が脅かされている気がしたんです。
さらに、サークルに行くと「次はいつ二人で会える?」と聞かれるようになりました。「来週の月曜日は?」「じゃあ火曜日は?」と、まるで予定を埋めていくかのように詰め寄られる。その度に、私は息苦しさを感じていました。
彼は決して悪い人ではありませんでした。むしろ、真面目で誠実な方だったと思います。でも、その誠実さが裏目に出てしまったんです。「好きになったら毎日連絡するものだ」「デートは頻繁にするべきだ」という、彼なりの恋愛観があったのでしょう。でも、それは私のペースとは合わなかった。
結局、私は「もう少しゆっくりしたペースで関係を築いていきたい」と正直に伝えました。彼は少し驚いた様子でしたが、「そうか、急ぎすぎたんだな」と理解してくれました。その後、程よい距離感で付き合えるようになり、今では良い友人関係を保っています。
もう一つ、似たような経験をした友人の話もお聞きください。彼女は70歳で、マッチングアプリに挑戦した勇気ある女性です。スマートフォンの使い方を娘さんに教えてもらいながら、シニア向けの出会いアプリに登録したそうです。
そこで知り合った72歳の男性と、喫茶店で初めて会うことになりました。会話も弾み、「また会いましょう」と別れたそうです。すると、家に帰り着く前にメッセージが届いていたそうです。「今日は楽しかったです。次は明日会えませんか」。
彼女は「まだ一度しか会っていないのに、明日また会うなんて」と戸惑いました。でも断るのも申し訳なくて、「明日は用事があるので」と返信。すると「じゃあ明後日は?」「週末は?」と、毎日のようにメッセージが来たそうです。
彼女は言っていました。「若い頃なら嬉しかったかもしれない。でも今は、自分の時間が本当に大切なの。孫の世話もあるし、友達との約束もある。それに、一人でぼーっとする時間も必要なのよ」。最終的に、彼女は丁寧にお断りの連絡をしたそうです。
ここで少し面白いエピソードを挟ませてください。私の知人で75歳の男性がいるのですが、彼はとてもユーモアのある方です。ある日、同じく70代の女性から猛アプローチを受けたそうなんです。旅行のサークルで知り合った方で、彼が一度親切に道案内をしただけなのに、それから毎日手紙が届くようになったと。しかも便箋5枚の長文です。
最初は丁寧に返事を書いていた彼ですが、だんだん辛くなってきて、友人に相談したそうです。すると友人が「昭和の恋文攻撃だね」と笑ったとか。結局、彼は正直に「お気持ちは嬉しいのですが、文通のペースについていけません」と伝えたそうです。その女性は「そうだったの、ごめんなさい。私、張り切りすぎちゃって」と笑って許してくれたとのこと。今でもサークルで会えば挨拶を交わす良い関係だそうです。このエピソード、まるで青春時代に戻ったようで、ちょっと微笑ましくもありますよね。
シニア世代特有の「グイグイ」が生まれる理由
なぜシニア世代の恋愛で、このような「グイグイ来すぎる」問題が起きやすいのでしょうか。いくつか理由があると思います。
まず、時間的な焦りです。60代、70代になると、どうしても「残された時間」を意識してしまいます。「もう若くないから、のんびりしている暇はない」という気持ちが、相手をグイグイ押してしまう原因になることがあります。でも実際は、平均寿命も延びて、私たちにはまだまだ時間があるんです。焦る必要はありません。
次に、長年のパートナーとの関係の記憶です。配偶者を亡くした方や離婚された方は、以前のパートナーとの関係のペースを、新しい相手にも当てはめようとしてしまうことがあります。「夫婦なら毎日話すのが当たり前だった」という感覚を、まだ親しくなり始めたばかりの相手にも求めてしまうんです。
そして、デジタルツールの影響もあります。LINE やメールは便利ですが、簡単に連絡が取れるからこそ、ついつい頻繁に送ってしまいがちです。若い世代なら「既読スルー」も普通ですが、私たちの世代では「返事をしないのは失礼」と感じる方も多いですよね。その結果、メッセージのやり取りが義務のようになってしまうことがあります。
それから、孤独感も大きな要因です。一人暮らしが長い方、子供たちが独立して家を出た方は、どうしても寂しさを感じることがあります。久しぶりに心を許せそうな相手ができると、その寂しさを埋めようと、必要以上に相手に依存してしまうことがあるんです。
でも、ここで大切なことがあります。それは、寂しさを埋めるための恋愛は、結局長続きしないということです。本当に心地よい関係というのは、お互いが自立していて、でも一緒にいる時間を楽しめる。そんな関係なんです。
心地よい距離感の作り方
では、どうすれば心地よい距離感を保ちながら、素敵な恋愛関係を築いていけるのでしょうか。
まず、グイグイ来る側の方へのアドバイスです。相手のペースを尊重することが何より大切です。毎日連絡したい気持ちはわかります。でも、まずは週に2〜3回程度から始めてみてはどうでしょうか。そして、相手からの返信が遅くても、焦らないこと。私たちの世代には、それぞれの生活リズムがあります。孫の世話、通院、友人との約束。忙しい日もあれば、ゆっくり過ごしたい日もあります。
デートの頻度も同じです。「次はいつ会える?」と矢継ぎ早に聞くのではなく、「また会えたら嬉しいです。いつが良いですか?」と、選択肢を相手に委ねる聞き方がいいですね。そして、断られても落ち込まないこと。断られたのは、あなたが嫌われたからではなく、相手にも都合があるからです。
一方、グイグイ来られて困っている側の方へ。我慢は禁物です。若い頃は「断ったら悪いかな」と我慢してしまうことが多かったかもしれません。でも、人生の後半戦では、自分の気持ちに正直になることが大切です。
正直に伝えるのは勇気がいることですが、相手のためでもあります。私が経験したように、「もう少しゆっくりしたペースでお付き合いしたい」と伝えれば、多くの方は理解してくれます。本当に良い関係を築きたいと思っている方なら、あなたのペースを尊重してくれるはずです。
そして、もし伝えても変わらない場合は、距離を置く勇気も必要です。自分の平穏な生活を犠牲にしてまで、付き合う必要はありません。人生の後半戦だからこそ、自分を大切にすることが何より重要なんです。
理想的な関係とは
私が思う、シニア世代の理想的な恋愛関係とは、お互いの生活を尊重し合える関係です。一緒にいる時間は楽しく、でも離れている時間も充実している。そんな関係です。
週に一度、お茶を飲みながらゆっくり話す。月に数回、映画や美術館に一緒に出かける。でも、それ以外の日は、それぞれが自分の趣味や友人関係を楽しむ。そういう程よい距離感が、長続きする関係の秘訣だと思います。
若い頃の恋愛は、四六時中一緒にいたいと思うものでした。でも今は違います。一人の時間の大切さを知っているからこそ、相手の時間も尊重できる。それがシニア世代の恋愛の美しさだと思うんです。
そして、何より大切なのは、焦らないこと。残された時間を考えると焦る気持ちもわかります。でも、人との絆は急いで作れるものではありません。時間をかけて、ゆっくりと育てていくものです。
私の友人で、70歳で再婚した女性がいます。相手と知り合ってから結婚するまでに3年かかったそうです。週に一度会って、お茶をしながら話す。それを続けて、お互いのことを少しずつ知っていった。そうして築いた信頼関係が、今の幸せな結婚生活につながっているそうです。